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あおひと君ブログ::菊と中国
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    • Contemporary Art 2.012展
      記事掲載
















  • 菊と中国
    現代美術は美術と名が付けどいろいろ巷にみかける絵と目的とするところはかなり違っている。

    現代美術とは例えば現在、アメリカの美術大学などでは、「視覚表現による美術、哲学、思想などの問い直しおよびそれらを考察すること」により重点がおかれているようだ。

    日本では、作る方も見る方も絵の被写体や描写技術に重点をおくことが多い。

    最近ではネットなどで映える絵や一発芸的なものがもてはやされている気もする。

    そもそも美術という言葉は明治6年のウィーン万博出品のためドイツ語のkunstgewerbe(英語ではFineArt)にこじつけた造語だった。(北澤憲昭「目の神殿」美術出版社)

    当時美術は工芸、デザイン、音楽、舞踊なものもすべてをくるめて美術と呼んだ。

    日本古画とは例えば雪舟の墨絵や狩野派や円山応挙など教科書にも載っているそれらの明治までの絵のことを言う。

    ちなみに日本画は明治になって西洋画と区別するため生まれた絵画分野だ。

    日本は有史以来、政治や文化、宗教など中国を手本にすべて構築してきた。

    中国がすべてにおいて優れていると思われ、権力者たちはそれらをこぞって吸収した。

    絵画の分野もご多分に漏れず中国絵画の輸入、模写に励んだ。

    むしろ中国の真似でないと絵画ではなかったくらいだ。

    御用絵師として長い間トップの座を占めていた狩野派の初代正信は、その頃人気中国画家たちの物まね上手でその地位を築けたのだ。

    だから盗作とか模倣に対するネガティブイメージは全くなく、画家のオリジナリティは二の次だった。

    なんかちょっと前の日本と中国の真逆のことが起こっていたみたいだ。

    閑話休題、大人の小咄を見つけた。

    菊や菊門、菊座というとお尻の穴を指すが、そのいわれは周時代の菊慈童の逸話から少年愛を指す言葉が、後に男色の花に転じたという。

    「裏門の菊を和尚、大事がり」(誹風柳多留)という川柳も残っていて笑える。

    ちなみにゴボウの切り口も同じ意味でよく使われていたらしい。

    また梅の花も一年で一番先に咲く花のゆえ、兄貴分に見立てられゲイの象徴でもあったそうだ。

    なんか風流でいいなぁ。

    参考文献:「江戸の絵を楽しむ」榊原悟著 岩波新書、「仏画の見方」中野照男著 吉川弘文館
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