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あおひと君ブログ::コブラとエニシ
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    • Contemporary Art 2.012展
      記事掲載
















  • コブラとエニシ
    去る5月28日、南スエーデン、ヘルシンボリに瀟酒な現代美術館がオープンした。

    その美術館の名前はYoshio Nakajima Meseum & Konsthall。

    この美術館は北欧で活躍する現代美術家中島由夫さんの業績をたたえ彼の作品コレクション展示とコブラグループなどの展覧会を開催、それにスエーデン伝統陶器ラウス焼きの工房、カフェなどが併設されている。

    それでも日本ではいくら現代美術が好きな方でも中島由夫さんを知らない方は多いと思う。

    ところが北欧、デンマークなどでは一年中、必ずどこかの美術館や大きなギャラリーで展覧会を開催しているほどの人気現代作家なのだ。

    中島画伯、御年70歳だがとにかく若い。

    今でもヨーロッパにいると一週間に1回はパフォーマンスもするそうだから恐れ入る。

    中島さんは戦後間もなくデンマーク、ブュルッセル、オランダなどを中心に活動していたコブラという前衛グループの第2世代に属し今の地位を築いた。

    そのためコブラの主要メンバーのアスカーヨルンやアレチンスキー、パナマレンコ、カールアペルなどとの交流やヘルマン・ニーチェとの共同生活、また三島由紀夫や篠原ウシオ、工藤哲身、オノヨーコからダダカンなどなどと親交があった。

    ネオダダオルガナイザーズの結成パーティにも参加したそうだし、自分なんて比べ物にならないほどの破天荒なパフォーマーなので日本でもヨーロッパでも何回となく逮捕されたり、とうとうオランダでは十数回の逮捕の末、国外退去。

    そしてアスガー・ヨルンの弟ヨルゲンナッシュを紹介されスエーデンに落ち着きその才能が開花した。

    そして今では世界中100以上のの美術館・公的機関にコレクションされている。

    ラウス焼きの工房ではロイヤルコペンハーゲンとのコラボレーションで焼き物も制作、その作品は数年前、スエーデン女王ビクトリアの結婚祝いにも贈呈。

    そんな彼の笑い話?は枚挙にいとまないほどたくさんあるが、日本のとある美術館で企画展ができないか打ち合わせしていたところ、美術館担当者は2時間くらいア〜デモナイコ〜デモナイ、とのれんに腕押しで最後に一言、うちの貸しギャラリーは開いているので貸しますよ!と言われたそうだ。

    詳しくは中島さんを書いた雑誌コラムをご覧ください。
    http://www.super-blue.com/product/p_niles05.html

    自分も海外で活動していて感ずることは評価はフェア。そして国籍や名前、経歴とかあまり関係ない。

    日本では学歴やら受賞歴やら家系やらがまぶしくて、もてはやされていても作品に興味がなければ相手にされない。

    逆に欧米は賛否両論、なんでも言葉に出さないといられないから日本のようにお世辞でその場を濁すような和やかさはない。

    数年前ベルギーの写真家アラーキーの個展では石を投げつけられギャラリーのガラスを割られたりもした。

    幸いにも自分はなぜかヨーロッパでは興味を持たれ、そういう嫌な目には遭っていないが、そのときはそれも評価の一つだと覚悟はしている。

    そういえばフリーシェイクハンズプロジェクトでは、ペニバンを弄んだり思いっきり握力比べみたいに握ってくるオチャメなオヤジとか若者がいるけど(笑)

    ところで中島さんにはじめてお会いしたのはすでに25年くらい前、偶然親戚に紹介を受けたのだった。

    その頃の自分はまだまだヒヨッコ、中島さんはすでにスエーデンで成功街道ばく進中。

    あまり自分はいい印象をもたれていなかったかもしれない。

    そんなで中島さんとの交流もそれっきりだった。

    ところが20年くらいたったある日、自転車でとあるギャラリーの前を通りかかったら中島さんの個展の看板をみかけたのだ。

    もしや?!と思い中に入るとその中島さんもいらっしゃってなんと再会!

    それから、雑誌にも書かせていただいたり再び交流がはじまり、とうとう今年の9月3日から日本人としてはじめて彼の記念美術館で個展を開催してもらえることになる。

    本当に縁(エニシ)とはどこでどう繋がるか、わからないものです。
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