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    • Contemporary Art 2.012展
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  • 311をむかえて
    黙祷。

    一年が過ぎた。今だ余震は続いている。一昨晩も震度5弱の地震が茨城北部を襲った。

    マスコミでは盛んに被災者の悲哀、復旧の様相を放映。被災された方々の悲しみ、ご苦労は計り知れない。本当に運命のはかなさ、自然の脅威、人間の非力さを思い知らされた出来事だった。

    ところでナショナルジオグラフィックではさっそく福島第一原発事故のドキュメンタリー番組を制作している。IAEAやNRC(アメリカ原子力規制委員会)の現地調査の記録もいれながら日本政府の一連の対応や事故原因などを再現、検証していた。

    番組内では東電の政府などへの情報隠蔽、福島第一の旧式増殖炉の欠陥、天災によるリスクマネージメントの甘さなどを指摘。なにせ2002年ころに検討された地震による災害シミュレーションの結果、今後30年間、大きな津波は来ない、と判定したというのだから恐れ入る。専門家でも地震予知は年幅くらいでも困難と言明しているにかかわらずだ。

    海外のマスコミは原発事故に対して数々の人災を指摘しているにかかわらず、国内で責任の追求はほとんど聞かれない。猪瀬副知事や上田埼玉県知事の東電の企業向け電気料値上げに対する抗議もポーズにすぎないのだろう。電気料は経費プラス3%の利益は確保されている総括原価方式という価格設定にかかわらず個人向けも追って値上げるらしい。

    当然、電気事業の自由化を考えてしまうが拙速は危険。なにせアメリカではエンロン事件がある。エネルギーを債権化して大停電を引き起こした事件だ。自由化するとTPPがらみで美味しい市場になる。郵貯がなかなか民営化できないなら先にこっちでいくか!おそらく青図はできているのだろう。

    話が飛んだが、当然、日本のマスコミでは作れない内容だ。欧米、とくにアメリカはいきすぎた資本主義、軍産複合体にみる好戦性、影の支配者による陰謀論など批判も多く耳にするが、なんか国としては全体的にバランス感覚の良さを感じてしまうのは自分だけだろうか。

    それが宗教のせいなのか、多様な国民性のゆえかは知るよしもない。とにかくアメリカに長く住んだ経験があるわけではないので偉そうなことは言えないが、日本よりは平等に見えてしまうし独裁国家的には感じられないのだ。少なくとも政府官僚上層部が大統領とともに入れ替わる部分だけでも見習った方がいい。

    日本国民は仏教&儒教の影響なのだろう、とても謙虚、悪く言えば服従好きのため、お上にもの申せない。その上、士農工商の歴史も長く、外国植民地支配もない中、階級制度が身に染みつき、大多数の平民(武士は7%くらいしかいなかった)には”おしん”じゃないが忍耐や和が美徳としてすり込まれてしまった。海外からも絶賛された311当日の都内のあの秩序だった光景は日本の誇るべき国民性のなせる技だ。

    今、思うと「男は黙ってサンパウロ・ビール!」なんてコピーが大受けしたことも合点がいく。黙った男が評価される国なんて他にはないだろう。それは反面、独自な文化で素晴らしいのだが、これだけグローバルスタンダード、ワールドワイドになったらそうも言ってられない。和洋折衷とは言っても性格と行動は別々にはできない。

    最近、震災当時の政府、原発の実態がマスコミにのぼり初めた。急に今頃、言われても、の菅じゃない、感がある。貯蔵燃料棒だらけの第4原子炉の安全性だけでも伝えて欲しい。なにせここも偶然、修理が遅れたせいで最悪の事態を免れていた、と言うではないか。

    被災地のがんばっている姿を見せることで、みんなで絆を確かめ合い、より早い復旧を願うのは当然のことだが、政府や東電、関連機関、専門家たちの責任の検証、原発リスクの公表などなど、改善を促すような番組がもっと放映されるべきではないか。メディア勢力図の変化で売上げが減り、もはや政府と従米とお笑いプロダクションの広報担当になりさがってしまったマスメディアに求めるのは酷というものか。

    なんか消費税増税をこれほどまでに推し進めているのは今後、増え続けるガン患者を見越しているのか、と勘ぐってしまう。それにこの混乱に乗じて進めている社会保障と税の一体改革というのも危なさそうだ。マイナンバー法なんて親しみある名称で呼ぶ国民識別番号制もいかながなものか。国民年金、健康保険など国税庁管轄になったら強制徴収になる可能性もあると言う。

    こうやってどんどん青テープで縛り上げられていくあおひと君増殖計画、着々進行中!

    なんでも隠ぺいし後で、実はホントとはこうだった、とかもう止めてよね。犬の遠吠えのごとくウダウダるーが言ってないで、自分たちがもっともっと意識を変え行動につなげていかなきゃ、ダメなんだろう。

    でも日々の生活に追われ(追われるような仕組みになっている)ゲームやアイドル、お笑いで時間をとられていたらそんな余裕ないし、ますます格差社会になり、富裕層は当然、今の地位を保ちたいがため政府官僚のやることは黙認するし、反面、平民層は、現実に追われ、もの申す暇もないし活力もわかなくなり、お上にとってイケイケどんべえ、洗脳しやすく扱いやすくなっていく。まさに3S(GHQが持ち込んだスポーツ、セックス、スクリーンによる洗脳政策)効果の面目躍如。

    ところで最近読みたいと思った本に、岡田斗司夫著「評価経済社会ーぼくらは世界の変わり目に立ち会っている」がある。さっそく図書館で借りようと思ったら、なんと17人も予約がいた。アマゾンの中古でもまだ高い。内容はアマゾンレビューでは賛否両論、「フォロワーが100万人いるひとなら1億円を稼ぐのは難しくない。逆に、1億円を持っていてもtwitter のフォロワーを100万人にするのは難しい」、というフレーズが示しているように価値観がお金から違うモノ(評価)に移っているそうなのだ。

    こういうことを言うと、でたでた!貧乏人の言い訳。だから金持ちになれないんだよね〜、クっククっクっ〜青い鳥〜♪という反論がすぐ返ってきそうだ。でもね、リーマンショック以降、特にお金至上主義を疑う人たちが増えていることは事実だし、人間はとてもグリーディ(どん欲)だからお金が生み出す価値観に飽きてきたとも言えるのだ。

    英語教育はなんども書いているけど、日本人自立防止策の代表例だが「男は黙ってサンオイル!」も立花隆の「田中角栄研究」(ネット上ではCIAがらみの陰謀だ)、安達祐実の「同情するなら金送れ」も、すべて仕組まれたと思えてくる。振り込めサギも預金封鎖をしやすくするためとも言われているし、なんかすべて疑心暗鬼になる今日この頃。

    よくないなぁ〜さみしいなぁ〜。

    20世紀は急激な科学の発展で確かに生活は豊かになり世界観が広がった。でも先回も書いたように科学は思想ではないので倫理感がともなわない。どうしても人間の尊厳などは排除されてしまう。やっぱり霊界が哲学的に証明されて科学的に発見されて、嘘や悪計が霊次元からはすぐに確認できるなんてことになったら面白いのに。

    ところで嘘というコトバ(行為)がなくなると人間の言動はどうなるのだろう?あり得ない?!
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