ARCHIVES















    • Contemporary Art 2.012展
      記事掲載
















  • パラレルワールドと呼び寄せの法則
    いちおう司法も良識はあったようだ。とにかく小沢氏とか民主党とかじゃなくて、景気がよくなってくれ〜!とにかく景気回復してからだよ、消費増税。

    でもそれよりイの一番は原発と被災地復興だろうと思う。今年になってなんともなかった母が突然、甲状腺異常になってしまったのを知ると、すわっ放射能の影響か?!と考えてしまう。福島原発の四号機の危険性は海外の専門家たちが盛んに警鐘をならしている。ただ現場で日々危険に身をさらし復旧作業にたずさわっている方々にはほんと感謝するしかない。

    さて、愚痴ってばかりいてもラチが空かない。ちょっと前向きなお話を。

    まいどナショナル・ジオグラフィックTVネタで申し訳ないが(自分の情報源はあまり広くない)、パラレルワールドという概念が成り立つかもしれないそうだ。つまり複数の宇宙がありそれぞれ同じように地球があって社会があって自分はそのおのおのの世界に存在し、一人だと信じて生きていると言う。

    いま量子物理学的に粒子(物質の最小単位)は、波であり粒子でもある、ふたつの状態でいると考えられていて、難しことはわからないけど、パラレルワールドが成り立つのだそうだ。粒子として波に移動したり波から波に移動することで複数の同一世界?状態が出現すると説明する。

    チャンドラX線観測衛星によって宇宙のある方向に宇宙の外側からの何かしらの作用の痕跡も発見された、らしい。すると宇宙の外側にも宇宙はたくさんあってそれが無数にあってそれぞれに自分がいるなんてことも可能性がないとはいえなくなったそうだ。幽霊の正体みたりパラレルワールドもありうる。

    そしてさらにナショジオで言うには、人は決断することによって自分の世界は分化し、それぞれの決断ごとに人生が発生していて、逆さツリー構造のようになっているという。

    例えば左右に別れた道があって右か左か、迷って右に行った自分がいる。けどそこで左に行った自分もいるということだそうだ。そしてそこで出会う人たちもたくさんの世界に同様に存在して自分とかかわっている。ただお互いそれは認識できない。自分がコピーロボットのように会ったり情報交換したりはできないそうだ。残念!

    ふと「呼び寄せの法則」が脳裏をよぎる。呼び寄せの法則とは自分の未来は自分の願望(無意識層の欲望?)に影響され、実現する、みたいなことだが、それをパラレルワールドに当てはめてみると面白い。

    自分の粒子(エネルギー)に限らず、現在の科学的認識ではすべては波動を発している。その波動は人間では欲求というエネルギーが起こす。そしてそれぞれの分化したたくさんの人生の中から自分が出している波動と共振して同化する(乗りうつる、これこそ引き寄せられる)と考えたらどうか?!

    波動サーフィンだ。自分は波乗りは数回しかしたことのないヘタレだが、好きな波がくるのを待ちかまえていて、いざその波が来たら同じリズムとスピードでアプローチしていき、うまく乗ってしまえば波と一緒に駆け抜ける。もちろん途中でもっといい波がきたら、それに乗りうつることもできる。ちなみに本人はというとボードに立てるまでいかなかった、、、汗。

    もしある自分はとても悲観的でもうダメだぁ、、、と心底思ったら、それが一番強い願望になって悲観する方向へ進む自分のいるパラレルワールドへ移動してしまう。

    逆にいまはダメでも、絶対大丈夫だ!と本当に心から(無意識層)から信じていればそういうストーリーで展開している自分のパラレルワールドに共振し引き寄せられ、願望はもっと増幅される。(引き寄せの法則では大丈夫という言い方ではダメだという。まったく具体的なイメージじゃないと効果はないらしい。)

    というより常にそういう風に自分の粒子は共振しながら、たくさんの自分たちの間を行ったり来たり体験している、という考えの方がしっくりくる。そんな空想を否定できない根拠に真の自分はエーテル体のようなエネルギーじゃないかと思っているのだ。

    小学校の実験で紙の上に粉末をばらまいて下からトントン打つとまず同じ大きさの粒が集まってくるように、人の未来も共振してそのつど自分の欲求に必要なモノを一緒くたに引き寄せて変えていく。と考えたらどうか?!

    こんなことを思ったのもやはり、哲学の世界ではありきたりな二元論だけど感動という不思議な気持ちの存在を知ったからだ。現代美術を選んだ理由も感動の魔物にとり憑かれたからだ。自分を無重力状態にさせ自由という抽象的な世界を体感させる不思議な感動という青い世界。

    古代ギリシャから現在まで美や感動に対する人間の感情の正体に対して推論や仮定はいろいろ提出されているが納得できるものはない。(現在、茂木健一郎など脳科学者たちがそれをクオリアといい研究している)

    その気持ちはどこから来るのか? なにが感動トリガーになっているのか? なにをもって美しいと思うのか?

    人によって感動の正体はそれぞれ違うと思うし(なぜなら他者の心はわからないから)また、みんなが共感する普遍性もある。事実、芸術家はその感動を作り出した人たちのことなのだ。

    まったく不思議な世界だ。それは何かエネルギー(エーテル)交換でもあるのではないか?という荒唐無稽な推理だ。感動とは波動交換!もしくは共振!

    最近やっと読み始めた20世紀初頭に活躍した現象学で有名なフッサールの命題に「志向性」というものがある。

    ちょっと長くなるが「傍観者の十字路 フッサール」岡山啓二著/白水社から引用する。
    (P130)
     わたしが変われば世界も変わるのか?
     世界が実存し、その世界に実存する一個の人間がわたしだとすればこの問いは否定される。わたしがどこにいようとわたしがどんな人物でどういう思いをいだこうと、世界の存在はどうこうなりはしないからだ。」

    <注>哲学的な知識・トレーニングのない人たちにとって、この世界は「素朴実在論」と呼ぶらしく自分以外に客観的な現実があり、それは自然法則によって運行されている、とした世界だそうだ。(自分もふつうそう考える)

    「しかし、このわたしがそこに実存しているわたしではなく、非実存のエゴだとしたらどうだろう。世界はけっしてわたしと無縁な世界ではなくなる。わたしをとり巻く周囲世界、わたしの生き方を反映する意味のネットワークとしての世界である。〜略〜 周囲世界とは、わたしの関心が織りなす意味のネットワークであり、わたしの日常は、日々この周囲世界の中で実現されている。」(引用終わり)

    ここでフッサール哲学を解説するのではない。こういう考え方がなにかを暗示しているのだ。ここでいうエゴとは、フッサールによると、「習慣の基体=習慣や個性の培養基」と定義するが、難しいので自分はシンプルに「エネルギー」と置き換える。

    「意味のネットワーク」もキーワードだ。つまり自分の周り、認識、知覚できる周囲世界に偶然はない。すべて意味のある必然的なことなのだ。とすると、周囲世界からひとつを選び、その方向へ進んでいくことは当然、意味があり、新しい意味がそこで新たに生じて、脈々と人生に影響していくことになる。つまり人生は自分でつくっているのだ。決してすでに決まっていて神が与えたものでも偶然の連続でもない。

    世界平和のためにいっておくが、宗教は否定しません。

    話が飛んだが、呼び寄せの法則も急に現実味を帯びてくる。というよりシークレットとか呼び寄せの法則は、こういった哲学者たちの思想によって萌芽し成長した物語とも言える。

    仏教の念仏もことわざの「憎まれっ子、世にはばかる」も「雨だれ石をもうがつ」「石の上にも三年」「人事を尽くして天命を待つ」も「念ずれば通ずる」も、すでに昔の人たちはその世界観を経験で知っていたのだ。

    ほんと嫌なヤツほど成功していたり、かえって他者にいい人ほど不幸だったりする(そう見えるのであって本人自身の気持ちはどうかはわからないが)。戦場で遺書を書くヤツはすぐに死んでいった、自分は遺書など書かず絶対死ぬものか!と思っていた、と生き残った兵士の話をきいたこともある。

    とにかく古今東西、成功者や偉業を達成した人たちの共通する人生観、残した言葉に必ず見受けられるのが、「最後まで夢を持ち続けた」「絶対できると最後まで自分を信じた」というフレーズ。これは迷信でもまやかしでもない。事実なのだ。

    なせばなるなさねば成らぬ何事も 成らぬは人の為さぬなりけり!(上杉鷹山)

    ロト6も呼び寄せの法則だ!(抽選会場)

    Lot6-2.jpg
    HORMONE SEKINE OFFICIAL SITE | comments(0) | trackbacks(0) |
    <<安心でした | 増税目覚まし!新発売 >>