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    • Contemporary Art 2.012展
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  • 春樹と龍
    急に秋になって涼しさを飛び越え、肌寒さすら感じるようになった。9月末まで残暑でヒイヒイ言っていたのが、まるで嘘のよう。

    と、、、一気に、夏とアート生活の疲れからか体調が崩れた。なんだかなぁ〜身も心もボロボロって感じ。やっぱり岡山への夜行バスが効いたかな(笑)。

    日本もアジアも欧米も、毎日のようにツッコミどころ満載すぎて、イチイチあげつらうのも空しくなるし、脳細胞があまり働かないのか、ブログが思うように書けない、トホホ。

    ところで、ノーベル賞受賞で蜂巣をつつくような騒ぎだ。山中氏受賞おめでとうございます。しかし、オバマ大統領が平和賞受賞した事実は、いまとなっては幻のよう。(いま入ったニュースで、残念ながら村上春樹氏は受賞とはならなかった。)

    正直、村上春樹氏の作品はあまり好きではなかった。自分は「限りなく透明に近いブルー」の強烈な印象で、村上龍氏のファンになっていた。

    かたや村上春樹の群像新人賞受賞作「風の歌を聴け」(1979)は、あまりにも軽妙洒脱で、わざとらしい文体が生理的に受け付けなかった。

    同時期にデビューした同じ村上姓の小説家だが、その内容はかけ離れていた。龍氏は、文章もそっちのけで強引に読者を引っ張っていく。春樹氏はサラリとまさに風の歌が心地よいリズムをともなって吹き抜けていく。それくらいの差があった。絵に例えると、竹久夢二と岸田劉生くらいの違い?!

    自分には骨太で男性的に感じた龍氏の作風が好きだった。『コインロッカー・ベイビーズ』『愛と幻想のファシズム』『五分後の世界』『希望の国のエクソダス』などなど、これら暴力的政治的社会的なモチーフに夢中になった。まさに愛と幻想のファシズムは、これからの時代を予言していたかのようだ。

    あれから30年以上がすぎた。同じ日本と言いながら、覚醒の、隔世の感になった。予想に反して春樹氏のほうが、一連のオウム事件が転機になり急に社会派に向かいはじめる。かたや龍氏は、経済へ向かい、フィクションを書かなくなってしまった。最近では、春樹氏も面白い。「IQ84」もあっという間に読んでしまったし、社会へのコミットメントはとても賛同できる。イイネくりっく!!!

    ところで、村上氏などが登場した70年後半から1990年代までは、ジャパンパワー全盛時代。いま思えば、対米追随路線なんて、まったく考えも及ばす、田中角栄から続く政治家の不信を金権政治で型抜きし、ぜんぷくの信頼を寄せていたマスコミと一緒になってワイワイガヤガヤ。蓋を開ければ、ただただ躍らされていただけだった。

    当時は文壇が、強大な影響力を有していた。言いたくないが、太陽族、みゆき族から時代の寵児は小説家が占め、流行は文学から生じることが多かった。そう言えば、林真理子とかルンルンいわせてたなぁ。

    そして日本人はどんどんオシャレに、お金持ちになっていった。でも新自由主義的な貨幣中心主義(マネタリズム)への移行期で、日本のよき部分(助け合い、いたわり合い、人情、良心)も少なからず残っていて、まだまだいい時代だったかもしれない。

    最近、同世代の友人らと話していて、8〜90年代を肌で実感できた自分たちは、いまの若い人たちと比べると、とても幸せだった、と語り合う。

    村上春樹氏、残念でした!また斬新な春樹ワールド期待してます。ちなみに関西出身の春樹氏は、ヤクルトファンだそうだ。CS見に行くのだろうな。
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