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    • Contemporary Art 2.012展
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  • 近代の呪い
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    アツコバルーDance Drinks Talkでのあおひと君パフォーマンス(夜の部)
    *写真提供:ダンスカフェ/YASKEI 詳細ページ:http://p.tl/6sjI


    与沢翼氏が自己破産!

    彼は、年収12億円とか言われた青年実業家だ。

    ググるとすぐでてくるけど、実在した人だったんだねー。

    すべてフィクションだと思っていた。

    つまりある組織が、ストーリーを作り、主役の与沢(もちろん芸名)という役者をたて、プロフィールを書き、かっこいいポートレイトや、スタジオや高級車を借りて撮影、サイトを立ち上げる。

    それを信じ込ませて商材や本を売るというシステムだと思っていたのだ。

    何人も似たようなストーリーの成功者がいることも疑問に感じさせた。

    彼らの共通点は、身障者や成績の悪い、もしくは引きこもり青年、落ちこぼれ、みてくれもよくない。

    とにかく底辺の底辺からでも這い上がることができる、ということがポイントだ。

    たとえば、17歳で起業して1年で1億円かせいだ、という少年A。彼も身障者だ。
    http://www.illmatic.jp/5opt/17Story/

    でも商売は自由でいい。むしろ自分は、こういうのがなくなる方が嫌だと思っています。

    こういうのに引っかかる人はいると思うが、それは仕方ない。

    さて、すしを半分の残してオバマが去った。

    鹿児島衆院補選も那覇市長選も、安倍政権を後押しするような結果に終わった。

    自分と言えば、増税ボディブローと、保険、家賃、親の介護と、自分の首も回らない。

    というより、とっくに回っていないのだが、無理矢理、回している状態、アハっ!

    ちぎれたら、そのときはそのときだ。

    それで、日本人ってなぜ、こんなにも政治やら国に無関心なのか、投票率が低いのか、不思議に思い、いろいろ理屈をつけて考えるけど、どれもなんかしっくりこない。

    島国、鎖国の歴史、国民性、敗戦など、どれも一理はある。

    と考えていたら、渡辺京二氏の『近代の呪い』(平凡社)に、ガテンなことが書いてあった。



    渡辺京二氏は『逝きし世の面影』など、江戸や明治の庶民の生活を研究、彼らのほんとうの姿を教えてくれる作家です。

    ここでも、江戸期の庶民の生活を例にあげ、当時の庶民の感覚を書いている。

    自分たちの生活領域こそ信ずべき実体であり、その上にそびえ立つ上部構造は自分たちの実質的な幸福と何の関係もないとする、~略~ 上の人たちがやっている事は自分たちと関係がないとして、徹底的に無視する。

    これは民衆世界が上級権力によって左右されない自立性をもっているということです。~略~ お上から口出しされないでも、ちゃんと自分たちで成り立たせている世界が確固として存在するのです。(P23)


    ちょっとわかりにくいが、江戸時代は、庶民は庶民として、ちゃんと一人一人、人生を自立できていた。そして、お上の言う事なんて、関係なかった。むしろバカにしていたところさえ伺える。

    だいたい殿様やサムライたちの傍若無人でエラソーな態度は、実際、ほとんどなかったらしい。

    時代劇を鵜呑みにしてはいけない。あくまでも作り話と、渡辺氏は当時の記録を指し示す。

    また、民主主義でまず思い浮かぶのが、フランス革命。

    ちょっと難しいけど、

    フランス革命の意義とは、国民国家の創出といい、それは国民兵を作り出した。つまり、今まで国なんて関係ないっていっていた庶民たちは、よろこんで国のために死ぬことになった。フランス革命は、民衆世界の自立性を解体するところにあった。(P24)

    それまで、ヨーロッパ世界には、王様や権力者たちと民衆の間に、中間団体(ギルド、貴族、組合、教会など)があって、庶民と権力を分け隔てるクッションのような役目をし、民衆の自立を守っていたという。

    それが市民革命というフランス革命が、民衆とのクッションだった中間団体を解体してしまった。

    結果、庶民の自立性も浸食されることになり、庶民も、国民国家を維持するため、戦争へ行って死ななければならなくなったと言うのだ。

    さらに、庶民が、一般大衆が、民主主義とか、市民的自由を得ると、天下国家を論じるようになる。

    それは、民族浄化や好戦的愛国心、自国の優越と栄光への盲目的信仰が、増長されるとも説く。フムフム。

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    がんじがらめになっていく〜
    自由とはがんじがらめのことなのだ〜

    当然のことで、国民国家が、世界経済のなかで生きていくためには、そう教育して天下国家に目覚めさせ、結果、国民国家に取り込まれるということらしい。ややこしいけど。

    つまり人権、国民主権、自由の権利、表現の自由といっても、国民国家という美名のもと、知らないうちに、この憲法を唱える国民国家の枠組みにとらわれて、国益以外の視点は閉ざされてしまう、と言うのだ〜〜〜〜。(P29)

    もうダメじゃん。どーすればいい。やっぱり長いモノには巻かれるしかない?!

    なぜなら「世界経済がグローバル化するにつれ、自分と、自分が属する国民国家の地位が直結する例は増加するのですから、グローバリズムは国民国家を逆に強化することになる」という。

    例えば、ニュースの最後に株価やドル・ユーロ相場が表示されるけど、あんなの普通に生活していれば関係ないはずだ。

    でも、自分の明日の食い扶持に影響すると思ってしまい、円安、円高、株安だ〜と一喜一憂してしまう自分がいる。

    もちろん、個人投資家は気にせずにはいられないし、まったく気にしない人もいると思います。

    ちなみに渡辺氏は決して右翼ではなく、むしろ戦争反対論者と言っています。

    なんだか、自分も少しくらい政治や外交や陰謀やらなんとか知ったつもりでも、そんなの専門家から比べたら、おこちゃまカルタだ。

    でも、知ったつもりで国家太平やら、政治の正しい未来みたいなのを語ろうとする自分がいるのも否定できない。

    それは不健全だと、渡辺氏は指摘する。

    また、まさにそれが、国民国家になって、庶民がたどるべき道でもあると。

    ここで渡辺氏は、それより人間は他者との生活上の関係こそ、人生でもっとも重要だ、と説く。

    その関係は、自分が仲間たちとともに作り出していくはずのもの。近代というのは、そういう人間の能力を徐徐に失わさせていく時代だったのではないだろうか。(P52)

    つまり、日本人は昔からのお上は関係ないっていう自立した庶民感覚を引きづりながら、住んでいる世界はもうどっぷり、国民国家で、国家の責任を押しつけられている、ってことなのだ。

    ゆでガエルじゃん! ピョン吉じゃん! 

    渡辺氏は、では、我々はどうしたらいいか、という安易な結末は言わない。

    やっぱり人間、愛しかないようだ。

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