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    • Contemporary Art 2.012展
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  • 検察審査会議決
    7月31日、東京検察審査会から、東電勝俣元会長、他2名の副社長に起訴相当の決議がでた。

    昨年9月、東京地検の不起訴処分に対して申し出された検察審査会審査の結果だ。

    詳しいことは省くが、決議文には、東電は、想定外の津波、全電源喪失の可能性など、危険性は事前に承知していたが、経済的な理由でリスク対策を怠っていたと指摘、3名の不起訴不当の決定となった。


    【参考サイト】
    IWJ「東電は全電源喪失を予想できた」検察審査会が勝俣恒久元会長ら「起訴相当」議決 http://urx.nu/aIj8
    検察審査会議決書http://urx.nu/aIj6

    しかし、食品偽装や、脱税は、どんどん逮捕し、マスコミも蜂の巣をつくように騒ぎ立てるのに・・・。 

    検察審査会といえば小沢一郎陸山会事件でのとき、こんなにメディアって静かだったっけ?

    これだけの事故を起こしながら、原因も、想定外の津波のせい、だから責任は誰にもない、とはどうみても異常だから、少しはまともになったのだろう。

    佐々木敦という批評家が、天災と人災の違いの面白い分析をしていた。(『未知との遭遇』筑摩書房より)

    天変地異が起こったあと、人々の言説は未来へ向かう。

    『こんなひどい天災がおきてしまった。これからどしよう・・・』というふうに。

    人災がおこると『なぜ加藤(アキバ事件)は、あんなムゴイことをしたんだ?』と人々の言説が過去に向かうというのです。

    それは天災には、避けることの出来ない宿命みたいのが含まれていて、おきてしまったんだから仕方ない。くよくよせず、先のこと考えようとなる。

    しかし、麻原彰晃は、なぜサリン事件をおこしたんだ? 彼の生い立ちに問題があるのか?それともこれまでの日本社会にその原因があるのか? と過去の検証に入るのだそうです。

    つまり、今回の福島原発事故は、天災に入れ込まれてしまったので、ここまで無責任な状態でいられたのではないだろうか。

    天災と人災を、きっちり分けて考えなくてはいけない。

    東電幹部も国や被害者に対して、天災だから、という逃げの気持ちはなかったか。

    今回の検察審査会の議決は、そういう意味でも大きな意義があったと思った。

    正直、F1事故がなかったら、いまの日本はとっても違っていたはずだ。

    でもあの事故がなかったら、日本を含めて世界が、脱原発には向かわなかったから、大きな目で見れば、神の仕業は正しかったのかもしれない。

    やっぱり人間はつねに最善の道を歩いていると考えよう!

    じゃなきゃ、亡くなった方々の魂がうかばれない。
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