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    • Contemporary Art 2.012展
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  • イスタンブール残滓 2
    この2年間、海外に行くことが多くなった。

    2008年6月のチェコ・プラハを皮切りに10月にハンガリー・ブダペスト、2009年4月にはセルビア・ベオグラード、今年は7月にパリ、そして今月はトルコのイスタンブールだ。どこも公的な展覧会やパフォーマンスの発表だった。

    不思議なことだ。それまで自分が海外に行きたいから一生懸命に何年も交渉し営業やら売り込みをしていたわけでもなく偶然の度重なりが続いているだけなのだ。

    そもそも他の作家たちのように小さな頃から画家になりたいとか大きな夢を抱いて美大をでて現代美術の世界に入ったわけではない。

    気づいたら続けている。

    というより続けられている。

    あえて言うなら他にやれることやその才能、他にやりたいことがないから続けるしかない。

    普通、こんなに生産性もなくかなう可能性すらない夢にもならない妄想に取り憑かれ、若い頃からこの業界にどっぷりつかっているわけでも親や親戚のコネもなく、ただヨーロッパ留学中に受けた現代美術の魅力とショックから止められなくなってしまったのだ。

    話はいきなり変わるが最近、海外でいろいろ展覧会をみたりネットのサイトをみると具象絵画の隆盛がスゴイ。

    人物画が多いのだがみんなひと工夫、ふた工夫凝ったり技術的に素晴らしかったりする。

    人物画の次は景色や静物画だが絵の具をふんだんに使ったタブローがほとんどだ。

    色面構成や淡いカラーフィールドな絵画は遠目からもインパクトのある人物画に埋もれてしまう。

    この中からコンセプチャルアートから突如、わき起こったニューペインティングのような新たな潮流を作り出すブーム、イズム、価値観が生まれるのだろうか?

    ニューペインティングのときはリアルタイムでその変遷を体験した。もしかしたらすでにその新しいブームは世界のどこかで生まれているのではないだろうか?

    一度、美術界がその流れに方向転回したら、その後は早いと思う。

    大きな企画展が主要な大都市でいくつも開かれジャーナリズムは喧伝しハレな世界を演出するだろう。

    80年代、概念芸術、キネチックアート、抽象表現主義の延長などで画廊には難解すぎて客離れした白々しい空間だけが広がっていた。アーティストのためのアートとまで言われ現代美術は一般のクライアントは見向きもしなくなっていた。

    そのときイタリアからはトランスアバンギャルドが。東西ドイツからはノイエビルダーが。NYからはニューペイティングが颯爽と登場し今までの無味乾燥でオブジェ的、物質的に隔絶された作品群が豪華絢爛、虹が酒樽で発酵したように色を帯び、今までまったくといっていいほど見られなかった人物たちが画面の中で躍動し始めたのだ。

    今でもジュリアンシュナーベルの割れた皿が張りつくされ絵の具を描き殴ったようなベルリンの壁のような巨大なタブローを目にしたとき、自分の中で整理されない混沌とした自己嫌悪に戸惑った。

    それまでのハードエッジと題されたような人手を得ない工業生産品のような作品群とかけ離れすぎていルのだ。大きな絵を前にして、なぜ?しか疑問符がわいてこない自分がいる。今までのアート界とそこに繋がる一遍の糸くずのような些末な共通項も見つけられない。

    でもその困惑も解決するのにさほど時間は要さなかった。

    それまで難解すぎて美的な感傷がなさすぎた冷たい作品群が雪山のロッジに燃えさかる暖炉のように冷え切った体をほぐし、暖かく迎えいれたのだ。

    一気に世界はアートブームになり日本でもヘタウマと呼ばれ日本でも80年代に入ると画家やイラストレーターが俄然、脚光を浴びるようになる。

    湯村輝彦、日比野克彦、安西水丸、河村要助、田中紀之、大竹伸朗などなど。

    あれからすでに30年近く経とうとしている。

    その間、具象画の人気は続き、日本のアニメブームを巻き込んで巨大化しキャラ化し形骸化している。

    フィリップ・ターフェなどの幾何学的コンポジションブームやレイチェル・ホワイトリード、ダミアン・ハースト、ハーマン・ニーチェなどのストイックでシンボリックな作風の作家も人気を博している。

    しかし巷では色鮮やかな具象的人物像、いちばんストレートでわかりやすく直接的なテーマは、不景気の裏返し、つまり商業的リスクをとらない結果なのか、8割近い比率である。

    アートは作家の超個人的な欲望の蒸留されたエッセンスがあるキッカケで裏返って世界を包み込んでしまう。そのエッセンスの皮膜は透明であればあるほど薄ければ薄いほど気づかないうちに強力なパワーで世界を包み込んでしまう。

    アートは根が深い。時代の大きな鼓動、流れを読み取ってそれを無意識のうちにメッセージに託すことのできる才能がなくてはならないと思う。

    個人的感想だが、メッセージ性の強いものが残っていく気がした。

    というよりこれだけ技術的にもモチーフ的にも差のない作品群。この生き詰まっているコンテンポラリーアート業界で目立つには生き残るにはやっぱり人と同じことをやっていてはダメだ、とつくづく思うのだ。

    具体創始者メンバーの一人、島本昭三氏が言っていたが
    現代美術の伝統とは今までにない、今までとはまったく違った考え方、見せ方、アプローチの仕方を提示していくことが伝統だ、と、伝統を壊すことの繰り返しが現代美術の伝統だ、と言っていた。

    まさに言い得て妙だ。


    香辛料の山
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