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    • Contemporary Art 2.012展
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  • 東京リアル 1
    先週末、久々に六本木ミッドタウンのあたりを通った。

    金曜の夜、それも年末近い11月中旬にもかかわらず人の出は普段と変わらない。

    バブルの頃は11月に入ると週末の夜、明け方の4時頃まで空車は見つからなかった。どこもタクシー待ちの客で繁華街は溢れかえっていた。

    お祭り好きの日本人、毎年のようにクリスマスオーナメントが瞬き、あちこちから流れてくるクリスマスソング、それに浮かれるご機嫌な人たち。

    しかし今年の光景はひと味違う感じがする。

    静かだ〜。

    国会は相変わらず右往左往、揚げ足取りに重箱のスミの突きあい。これといった目新しい経済政策も対局を見据えた骨太の政策方針もたてられず、行政改革も米従外交も政権交代する前とほとんど変わらなくなった。

    昨年の総選挙は民意で政権交代がおこったはずだ。それが気がつけばマスコミの政治と金問題で引っかけ回され、これでもか、という執拗なペンの暴力に脅されつづけ真実が灰色の煙に隠され崖っぷちに我々国民は追いやられている。

    東京の街から活気は消え、ただただ戒厳令の夜のごとく静まりかえり、あのエネルギッシュだった不夜城がなくなりつつある。

    それはそれで健全なのかも知れない。エコ問題、資源の枯渇、今までの日本が異常だったのかも知れない。夜は静かに寝る時間なのだから。

    一歩下がって考えてみると、いまこの状況は過去と比べて、昨年と比べて悪い、違う、という判断、評価しかない。つまり右肩上がりで数字は増えていくということが理想的な答えにすぎない。それ以外は、悪いとでしか言い表せないのだ。

    でもよく考えればその価値基準もすり込まれたものなのだ。悪いのは”悪い”と思わされているにすぎない。悪いのではなく変化しているにすぎない、と考えられれば別に悪くない。

    まず、人類の目標やら希望やら理想的な最終的ビジョンが見えなくなった。というよりそのビジョンのコンセンサスがないままに来てしまった。今までは情報が遮断されお互い手の内を見られずに騙し合えてこられた。それが今では隠しきれなくなった。だから歯車のはずれた時計のごとくみなバラバラに回り始めてしまった。

    希望の見えない日本。こういうふうに感じるのは自分だけだろうか? 日本だけの問題ではない。ヨーロッパもアメリカも世界中、似たようなものだ。むしろまだマシなのかも知れない。

    ただ今まで第三国と言われていた発展途上国は少しはいいのだろう。資源もあれば乾いたタオルのように汗を一杯吸い込む活力もある。

    しかしすでに最盛期を通り越した列国と言われる欧米、日本はどうやってどういう方向に舵を切るか、がここ数年の大きな課題となるのだろう。

    私たちはこういう状況で希望を見いだせるような創造的な生き方を学んでいない。ダーウィンが言うように「変化に対応できる種」が一番強い。

    今は法と規則と情報でがんじがらめになり創造的な生き方で大きな舵取りをできるような広い道があまりない。すぐに側溝やら標識やら対向車やら歩行者に邪魔をされて身動きがとれなくなってしまう。

    でもこの変化をおもしろがって新しいビジネスチャンスだ、と捉えて目を輝かせているタフガイもいるに違いない。
    写真:トルコではどこでもタダのパン。美味しい。
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    希望に輝くアクセサリー!
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