2013-10-04 20:49:32
モノの本質物語 ー その壱
「芸術とはモノの本質を探すことです」
と、青山昌文教授が、放送大学の美学講座の何回目かの番組で、声を大にして言った。
参考サイト:http://p.tl/Zy4A
「10代後半、人生に絶望していたとき、ある作品に出会い、生きる勇気を与えられた。なぜ、こんなモノが、こんなに力を与えるのか? それが芸術を研究するキッカケになった」と続けて語った。
実を隠そう、自分も同じ理由で、アートの道を選んだ。
この話をすると長くなるので今日は Delete。
量子力学とか宇宙論に嵌っていることは、前からカキコしてるが、とても難しいので、わかっているとは言いがたい。
ただし、物理学も、青山教授と一緒で、モノの本質を見極めようとしていることだけは理解できる。
140億年前(いろんな説があるが)、ビックバンが起こり宇宙が生まれ、光もそのときフォトン(光子)として生じた。
現在の科学では、アインシュタインが正しかったら、光より速いモノはない。
とすると宇宙の広がりは、1000億光年あるらしいが、ぜんぶ観察することはできない。
140億光年先までしか、観察できない。
141億光年先の銀河ですら、人類はいるかどうかわからないが、あと1億年たたないと、見ることができない。
逆に言うと、141億年先の銀河が観測できたら、宇宙は141億年前にできたことになる。(この場合は光ではなく宇宙背景放射という電波)
それで、現在言われているように、140億年前にビッグバンが起こったとして、300億光年先の銀河を見ることができたら、光より速いものが存在し、現在の物理学や、数々の常識が転覆する。
反対にミクロな世界は、陽子のなかのクオークまでは観察できると言う。
陽子の大きさ(半径)は、0.000 000 000 0017センチ。1.7 x 10のマイナス13乗センチだ
陽子をパチンコ玉(直径1センチ)に拡大すると、本物のパチンコ玉は、なんと太陽(直径132万2000キロメートル)の2倍強くらいの大きさになっちゃうくらいの、微小な世界だ。

てか、こんな物理な話、どーーーでもいいよね。
デモデモ NO NUKEデモ! 福島原発事故の放射線は、この大きさのモノたちが人間の健康に害を及ぼしている。
プルトニウムのアルファ崩壊でのアルファ線被ばくは、まさにこの陽子が実弾になって、酸素や細胞の分子を破壊する。
人間は、こんな小さなモノに影響されるのだから、とても緻密なシステムであり、だから宇宙まで、すべてつながっていると感じるのだ。
いまのところ、モノの本質は、ヒモだったり、弦だったり、波動だったり、粒子だったりしている。
その最先端でいうヒモ理論は、10のマイナス33センチの10のマイナス43秒の舞台で繰り広げられる。
陽子の大きさが、10のマイナス13センチだから、さらに、0が20個並んだ、超スーパーウルトラハッピーホッピーな極小さだ。
その微小世界は、プランク単位といい、その世界で重力を含んだ物理的現象を構築すると、計算がうまくいくらしい。
なにしろ、地球外の知的生命体はプランク単位で、モノを考えていると言うくらいだ。
というのも、重力の正体がわかっていない。有名なニュートンの万有引力の法則とやらあって現象は確認できるが、なぜ、そういう力が存在するのかわかっていない。
たとえば、生まれて死ぬまで、自分の顔をぜったい見ることができないのに似ている。鏡も写真も映像も、本当の自分の顔じゃない。
たぶん、遺伝子工学で、指の先にも目を発生させられるようになって、初めて自分の顔ってこうだったんだ〜って知ることができるのだろう。
もし、そのとき自分の顔が、トカゲだったらどーうしよう〜。
脱線ゲームしたけど、いちおう、グラビトン(重力子)という素粒子を予想しているけど、見つからない。
現在、宇宙には4つの力(相互作用)が存在していて、重力、電磁場力、大きい核力(クオークなどの力)と、小さな核力(陽子などで作用する力)と言われている。
ヒモ理論では、プランク単位(10のマイナス33センチの10のマイナス43秒)のモノのような空間が、水の流れのように~♬ の連続した世界ではなくて、カクカクと多角形化した雲が、ガッガッガッガッと、マシンガンを撃つように増殖している、というのだ。
また、そのモノという物自体は、この世には存在せず、すべてイベント(出来事)だとも言う。
哲学者ホワイトヘッドは、それを、活動的存在(Actual entity)と呼び、静止した物体は存在せず、かつ、空気も人間も机も、それらはすべて独立して存在できず、常に境目では、和紙に、にじんだ墨のような粒子の混じり合い(イベント)があり、情報(エントロピー)をやり取りしていると語り、とても未来的な思想を展開している。
と、内容がぶっ飛びすぎているかも知れないが、自分が直接、見たり感じたりしていないときは、あなたも彼もオバマもゴッホの絵も、雲のようなあいまいな状態で、ガガガっと、沸き立ち、増殖している雲(空間)だろうから、読まれていよーが、なんじゃこりゃって思われていようが、気にしない ♬
だいたいが、このブログ自体、サファリとかIEのブラウザーでアクセスしていないときは、0と1の羅列なんだから、似たようなもの。
それよりも、モノの本質は何かだ!
ところで、芸術のことになると、こういう自然科学の世界から、様相がガラリと変わるのです。
次回に続く。

10月3日、翌日のヤクルト阪神戦の当日券を求める人の席とり。宮本選手、長い間お疲れさまでした!
と、青山昌文教授が、放送大学の美学講座の何回目かの番組で、声を大にして言った。
参考サイト:http://p.tl/Zy4A
「10代後半、人生に絶望していたとき、ある作品に出会い、生きる勇気を与えられた。なぜ、こんなモノが、こんなに力を与えるのか? それが芸術を研究するキッカケになった」と続けて語った。
実を隠そう、自分も同じ理由で、アートの道を選んだ。
この話をすると長くなるので今日は Delete。
量子力学とか宇宙論に嵌っていることは、前からカキコしてるが、とても難しいので、わかっているとは言いがたい。
ただし、物理学も、青山教授と一緒で、モノの本質を見極めようとしていることだけは理解できる。
140億年前(いろんな説があるが)、ビックバンが起こり宇宙が生まれ、光もそのときフォトン(光子)として生じた。
現在の科学では、アインシュタインが正しかったら、光より速いモノはない。
とすると宇宙の広がりは、1000億光年あるらしいが、ぜんぶ観察することはできない。
140億光年先までしか、観察できない。
141億光年先の銀河ですら、人類はいるかどうかわからないが、あと1億年たたないと、見ることができない。
逆に言うと、141億年先の銀河が観測できたら、宇宙は141億年前にできたことになる。(この場合は光ではなく宇宙背景放射という電波)
それで、現在言われているように、140億年前にビッグバンが起こったとして、300億光年先の銀河を見ることができたら、光より速いものが存在し、現在の物理学や、数々の常識が転覆する。
反対にミクロな世界は、陽子のなかのクオークまでは観察できると言う。
陽子の大きさ(半径)は、0.000 000 000 0017センチ。1.7 x 10のマイナス13乗センチだ
陽子をパチンコ玉(直径1センチ)に拡大すると、本物のパチンコ玉は、なんと太陽(直径132万2000キロメートル)の2倍強くらいの大きさになっちゃうくらいの、微小な世界だ。

てか、こんな物理な話、どーーーでもいいよね。
デモデモ NO NUKEデモ! 福島原発事故の放射線は、この大きさのモノたちが人間の健康に害を及ぼしている。
プルトニウムのアルファ崩壊でのアルファ線被ばくは、まさにこの陽子が実弾になって、酸素や細胞の分子を破壊する。
人間は、こんな小さなモノに影響されるのだから、とても緻密なシステムであり、だから宇宙まで、すべてつながっていると感じるのだ。
いまのところ、モノの本質は、ヒモだったり、弦だったり、波動だったり、粒子だったりしている。
その最先端でいうヒモ理論は、10のマイナス33センチの10のマイナス43秒の舞台で繰り広げられる。
陽子の大きさが、10のマイナス13センチだから、さらに、0が20個並んだ、超スーパーウルトラハッピーホッピーな極小さだ。
その微小世界は、プランク単位といい、その世界で重力を含んだ物理的現象を構築すると、計算がうまくいくらしい。
なにしろ、地球外の知的生命体はプランク単位で、モノを考えていると言うくらいだ。
というのも、重力の正体がわかっていない。有名なニュートンの万有引力の法則とやらあって現象は確認できるが、なぜ、そういう力が存在するのかわかっていない。
たとえば、生まれて死ぬまで、自分の顔をぜったい見ることができないのに似ている。鏡も写真も映像も、本当の自分の顔じゃない。
たぶん、遺伝子工学で、指の先にも目を発生させられるようになって、初めて自分の顔ってこうだったんだ〜って知ることができるのだろう。
もし、そのとき自分の顔が、トカゲだったらどーうしよう〜。
脱線ゲームしたけど、いちおう、グラビトン(重力子)という素粒子を予想しているけど、見つからない。
現在、宇宙には4つの力(相互作用)が存在していて、重力、電磁場力、大きい核力(クオークなどの力)と、小さな核力(陽子などで作用する力)と言われている。
ヒモ理論では、プランク単位(10のマイナス33センチの10のマイナス43秒)のモノのような空間が、水の流れのように~♬ の連続した世界ではなくて、カクカクと多角形化した雲が、ガッガッガッガッと、マシンガンを撃つように増殖している、というのだ。
また、そのモノという物自体は、この世には存在せず、すべてイベント(出来事)だとも言う。
哲学者ホワイトヘッドは、それを、活動的存在(Actual entity)と呼び、静止した物体は存在せず、かつ、空気も人間も机も、それらはすべて独立して存在できず、常に境目では、和紙に、にじんだ墨のような粒子の混じり合い(イベント)があり、情報(エントロピー)をやり取りしていると語り、とても未来的な思想を展開している。
と、内容がぶっ飛びすぎているかも知れないが、自分が直接、見たり感じたりしていないときは、あなたも彼もオバマもゴッホの絵も、雲のようなあいまいな状態で、ガガガっと、沸き立ち、増殖している雲(空間)だろうから、読まれていよーが、なんじゃこりゃって思われていようが、気にしない ♬
だいたいが、このブログ自体、サファリとかIEのブラウザーでアクセスしていないときは、0と1の羅列なんだから、似たようなもの。
それよりも、モノの本質は何かだ!
ところで、芸術のことになると、こういう自然科学の世界から、様相がガラリと変わるのです。
次回に続く。

10月3日、翌日のヤクルト阪神戦の当日券を求める人の席とり。宮本選手、長い間お疲れさまでした!