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    • Contemporary Art 2.012展
      記事掲載
















  • ガラ携とTPP
    最近、外国人旅行者の姿をよく見かける。

    急に増えたみたいだ。

    だって円安だもんね。

    しかし、アガリスク、じゃないアベノミクスが、やたら人気?!

    あの竹中平蔵は、テレビで、そらみろ!って得意満面。

    でも、あの小泉改革で、煮え湯を飲まされた善良な市民はもうだまされない!

    日銀が、いままで御法度だった(といっても特例で過去にも行われていた)、日銀国債買い付けが、効果がでてきて1ドル100円まで下がったからだ。

    だいたい消費増税のための名目GDP2%目標、円安差益効果で、自然に2%はあがるそうで、なにも景気がよくなったとはまだ言い切れない。

    というのか、エネルギー保存の法則で、無限に資産や財産が増え続ける、ことなんてあり得ない。

    でも経済は、そういう仕組み。ロックやスミスとか、経済黎明期、地球の資源は、あの松下幸之助の名言のごとく、水はじゃぶじゃぶ使ってもタダ、という資源無尽蔵説で、発展した分野だから、とうぜん、破綻する。

    やっと300年ほどたって、資源は無限じゃない、ということに気づいたのだから、これから、アジアピボットじゃないけど、資源は有限ということで、経済やら人類の発展は、リバランス(再調整)にはいったのだ。

    17日から個展です!

    ということで、準備におわれ貧乏、暇なし。ブログもすっかり書く気がなくなってしまう。

    それでも、毎日、500PVくらいあって気がひける。

    権威はまったくないが、美手帖よりは部数が、ありそうだ。

    それに先週、パソコンが昇天、復旧にメチャクチャ苦労、ストレスてんこ盛り!

    そして、今日、ジーパンを洗濯して、終わって洗濯機のフタをあけたら、携帯電話が無惨な姿で、、、、底に転がってた。ズボンに入れたままでした。

    ということで、携帯なしの生活にしようか、考え中。

    それで当分、あおひと君への連絡は、青色申告でお願いします。

    まあ、昨年から、ガラ携から、あいふぉんに乗り換えるか、躊躇してたんで、誰かが、僕の背中を一押ししたんだろうな。

    まあ、TPPみたいなものか。

    外圧がないと、自分から変われない、、、、とほほ

    ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
    瑞聖寺アートプロジェクト企画
    個展「愛と安心」
    関根カンジ a.k.a. Hormone Sekine

     昨年、横13メートルの巨大壁画「安心できる世界を願って」を制作。愛と安心のメッセンジャーあおひと君たちが、子どもを守ろう、将来、子たちが安心して暮らせる世界を築いていこう、との願いを込めました。そんな壁画が併設されているZAPギャラリーで、個展を開催します。
     今回は、タブロー作品の他に、あおひと君ショートムービーを制作。また、イタリア人アーティストのリッツ・モネ氏とコラボ、被災地石巻で制作した映像作品も、発表します。

    期間:2013年5月17日(金)〜26日(日)※会期中無休/入場無料
    時間:12:00〜19:00
    住所:東京都港区白金台3丁目2番地(目黒通り沿い)

    ※レセプション・パーティ17日(金)17:30〜(入場無料)

    ■主催:瑞聖寺アートプロジェクト 東京都港区白金台3-2-19
        (ZAP)http://www.zuisho-ji-arts.net/ 
        (ホルモン関根)http://www.super-blue.com/
    ■問い合わせ先/スタジオミーム:aohitokun@super-blue.com
    ZAP: zuisho-ji@zuisho-ji.or.jp

     どんなに素晴らしい科学的研究がなされようとも、画期的な商品が発売されようと、未知の生物が発見されようと、すべて自分自身の認識のなかで、繰りひろげられている『長大なファンタジー』。語り尽くせぬものは、沈黙しかない、とヴィトゲンシュタインは言った。だったら、語り尽くせぬ場合、現代アートに置き換えてみた。すると、現代アートとは、新しい化学反応であり、その沈黙から、我々を解き放つ強烈な触媒だったと知る。 

    以上
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    調子ワル
    北朝鮮が、ふたたびミサイル発射と騒ぎ立てた。

    ボストンマラソンでは、爆発事件がボッバツ。

    地震もそろそろ南海かぁ、イヤな活動をしはじめた。

    なんかブログが書けない、書く気がしない、やる気がない。。。5月病かなぁ。

    来月の個展も、もう間近に迫ってきてしまった。

    北朝鮮のミサイルは、普天間海兵隊のグアム移転を阻止するかのように、アンダーセン基地も射程距離内に。まさかアメリカと北朝鮮が結託して、日本のおもいやり予算を使って企てているんじゃないだろうな!

    北朝鮮だったら、思いやり予算7000億円の0.1%くらいで、ミサイル撃ってくれそうだ。

    ネットなどのニュースやブログをいろいろ見ると、韓国内は、今やウォン高で不景気で、北朝鮮どころじゃないという。米韓FTAでのisd条項も、ローンスター投資会社の訴えや、排ガス規制先送りなど、そのグリーダーな姿を見せはじめた。

    と上の文章を、3週間くらい前に書いて、そのままだった。昔の出来事のような印象だ。それだけ、時間は速い。

    難しいおとぎ話の世界に戻りたい。

    先回のブログに、哲学者内山節氏の講演会の中の言葉「日本人の社会には死者もいる」と書いた。まあ、死者を、ご先祖様と、いいかえればさほど不自然ではなくなる。

    地縁、呪縛、のろい、たたり、穢れなど昔から、迷信や墓参り、季節の行事みたいに、日本の伝統文化や、共同体のしきたりみたいな形で、受け継がれてきている。

    宗教とは、違うのだろう、これは、信仰というのだろう。

    例えば、日本には陰陽師じゃないが、昔から祖先のタタリや、敗れた武将の怨霊とか、今だ信じられていて、その呪縛力も霊力も強い。

    四谷怪談の芝居でも、上演関係者たちは、お岩神社へのお払いは欠かせないし、将門の首塚だって、無碍にできない。

    欧米キリスト教文化圏には、エクソシストとかいるけど、悪魔だもんね、人間じゃない。

    なにがいいたいか、、、今の日本って、行き詰まりになって、すっかり昔の信仰心を、安倍晴明こと、安倍自民党のおっしゃるとおり、取り戻しつつあるのかもしれない、と思うのだ。

    つまり、精神論主導型社会。というか、呪縛型社会。

    だって、笑えば汚染されないって言ってるし。根性、気合いだぁ!為せば成るし、苦しいときの神頼み〜。

    まずいねぇ、戦前に戻っているのか、やっぱり。

    ところで、IWJの中継を見て興味をもった安富歩東大教授の書いた「経済学の船出」(2010年、NTT出版)を読んだけど、なかなか示唆に富んでて面白かった。

    と上の文章まで、1週間くらい前までかかって書いた。

    安富先生いわく、貨幣経済もお金を使わないようになれば、じょじょにお金のない生活になるそうだ。要は、みんながもう要らない!って言って、使わないようにすれば、いいだけらしい。

    イデマリー・シュヴェンルマーというドイツ人女性は、1996年「星の銀貨実験」といい、家や資産等すべての自分の私有私財を捨て、お金ももちろん所持金0円、健康保険など公的なものもすべて破棄。お金がなくても生きていけるか、という実験をしたという。本の中では、4年間生活でき、今だお金のない生活をしているそうだ。

    それで、市場(マーケット)は、生産者と生産物の強固な縁を切る空間だと言う。つまりお金の本来の役割とは、価値の代用とかそういったものではなく、縁切りが一番、役目として強いのだそうだ。

    例えると、畜産農家が、手塩をかけて、毎日、マッサージしたり、ビールを飲ませて生産する松阪牛。それは、最後に殺されて喰われてしまう、悲惨な結果が待っている。ドナドナじゃないが、お金を使うことで、商売をすることで、生産者の感情や、そういった怨念や縁を、薄める役目が、お金にはあるという。

    縁切りの弱体化が、お金の機能なのだ。つまりお金が、商業で生じる、めんどくさい人間関係を薄めてくれるから、お金は価値があるのだという。

    そろそろ、日本も格差社会で、永久ビンボウと永久オクマンチョウジャが、二分した社会になれば、お金の多寡に意味はなくなる。そういう世界になりつつあるのか。なぜなら、昔は誰でもチャンスがあれば、一攫千金、大金持ちになれば、幸せな生活が保障されたのだ。

    今の世界は、国というシバリと経済活動というシバリのダブルスタンダードな価値観になった。以前はひとつだった国のルールに従っていれば済んだのが、今は買い物だって、ネットから世界中のものがいつでも買えるようになった。

    お金を得られる自由と、国籍と国のシバリに縛られる不自由が、責めぎあう。麻薬ですら、国によって評価が変わってしまう。

    そろそろ国と人類の線引きを、考え直す時期に来ているのかな。いつまでたっても愛国心を持つのはいいが、「幸せに」生きていかなければならないからね。

    う〜っ、、調子ワル。
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    【続き】日本の希望
    前回の続き。

    wisewise.JPG

    ワイスワイスの「日本の希望」(3/28 青山学院大講堂)シンポのパネラーには、ワイスワイス新カタログAD担当の佐藤卓氏、家具デザイナー小泉誠氏、くりこま高原から佐々木豊志さん、あと前回も紹介した、哲学者内山節さんと社長の佐藤氏が出席。
    ワイスワイスHP:http://www.wisewise.com/

    まず、内山氏の基調講演の感想を、各パネラーに問いかけた。

    人間の目標・目的→わかる世界。想像できる世界。
    わからない世界→希望の世界

    すると、佐藤卓氏が「人間は、わからないものとうまく折り合いをつけて、納得できる能力が備わっている。それは重要だ」と発言。

    内山氏は「人間は、わからない世界に生まれてくる。しかし、死ぬまで、何か起こるたびに、わからないことと、折り合いを付けながら生きて行かなくてはならない。今の問題は、それ自体を忘れてしまったことだ」と。

    それは逆に言うと、人は、すべてわかっていると誤解している、そして、わかっていないとダメなんだ、という脅迫観念にガンジガラメな状態?!

    じゃなかったら、原爆や原発は生まれなかったろうし、あっという間に、人類は殺し合って絶滅種になっていたのだろう。

    そして「今は、わからないものに敬意は払われないし、敬遠されるだけだ」と佐藤卓氏は続けた。(現代は、すべて科学的に分析できないと落ち着かない)

    その、わからないものとは、言葉ではなく、身体で感じる感覚でもある、と言う。それで、思ったのが、迷信や虫の知らせ、お告げ、先祖供養などの日本の伝統や民俗的なこと。

    内山氏は、基調講演で、幸せとは何か、と問われたら、それは、「関係の了解、納得」。つまり、了解できる関係が得られたら、幸せを感じる、と説明した。

    そして「自分は魚釣りが好きだ、渓流でヤマメなどを追っていると、とても幸せを感じる」と言う。

    それは、渓流で、釣りをしていると、新鮮な空気、せせらぎの音、若葉の香り、心地よい風、指先から伝わってくる水中の様子など、それは、全身が感じる身体感覚と、視覚情報、思考・知性の欲求を満たして、それらの関係性に、自分が納得・了解できたとき、「幸せ」だ、と言うことらしい。

    自分がもし、幸せを例えるとしたら、気持ちの無重力状態のような、何か目に見えない束縛から、開放されたかのような、時間や重力などから開放されたかのような状態と言う。

    NO STRESS SITUATION!

    つまり、人間は、常に何かに縛られているのだ。→あおひと君パフォーマンス参照!

    自分の中を、突き詰めていくと、やっぱり、他の自分?真の自意識?があるような、いないような、、、。それがザワザワしているのだ。幸せだと、それが天空を飛び回っている。

    話が飛んだけど、内山氏は、続けて、ヨーロッパでは、社会というと、生きている人間が作っている、となる。当たり前かもしれないが、日本の社会では、死者もいる、のだそうだ。

    東北地方に残っている、柳田國男編纂で有名な、遠野物語ではないが、ご先祖たちも社会構成員なのだ。(靖国神社とその物議も遠からず)

    文学博士で、気仙沼市リアス・アーク美術館副館長川島秀一氏と岩上安見氏とのインタビューのなかで、川島氏は東北地方に残る「仏まぐり」という習慣を説明した。
    ※2012年3月9日参考サイト IWJ:http://iwj.co.jp/wj/member/archives/10450

    それは、家で守っている仏壇の、ご先祖様の供養を止めると、家がけがれる、廃れるという忌避な習慣。仏まぐりは、血縁者でなくても、代理でも、託されれば誰でもいいという。でも誰かが、務めないといけないという。

    内山氏は「昔の日本人は、生活しているところから見える一番近い山に、自分の魂は帰って行くと、思われていた」と語る。里山や、その中の神社などは、その信仰の名残なのだろう。

    「日本の精神性には、亡くなった人々と生きている感覚もある。ゆえに、その亡くなったご先祖様と、どうやって関係を維持・継続していけるか、納得できないと、落ち着かない」と話した。

    東北地方の震災復興計画も、この辺の精神性を考慮に入れず、ただ近代化、安全性、経済性、利便性だけでは、住民は納得できない。代替地へ引っ越せ、と言われても、すぐに引っ越せないこだわりがあるのだ。

    それは、宗教というシステムでは解決できないことだと思う。すっかり血肉にすり込まれた価値観(化学反応)なのだ。だから一朝一夕、朝令暮改には変えられない、それこそ何世代もかかる意識変革(=化学変化の変更)なのかもしれない。

    ということで、TPPと墓参りの差は、大きい。インディカ米とジャポニカ米、タコスとコーンフレーク、キムチとピクルス、豚肉と犬肉の差も大きい。

    経済性だけをピックアップして、そのルールを変えただけでは、幸せな了解は、とうてい得られません。

    それでウダウダと屁理屈を考え巡らして、気づいたこと!

    人間は、つねにより長く、数を増やしながら生きていこうとする掟?セントラルドグマがあるのだ。そのために人間というインターフェイスを使って、何百万年、いろいろとその方法を試みてきて今日まで存続してきた。

    だから、自分は、自分という人間に任せなさい、好きにしなさい、と。それが神の声か、直感なのか、身体優越論かは、わからない。結局、ヘタな考え休みに似たり、なんだよなぁ〜。
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    キプロスと日本の希望
    地中海に浮かぶキプロスが燃えている!

    ギリシャ神話に登場するキュパリッソスが、国名の語源(銅のラテン語説もある)。その神話とは、アポロンに寵愛されていた、美少年キュパリッソスが、可愛がっていた牡鹿を、あやまって殺してしまう。

    あまりにも哀しむもんだから、アポロンは、彼を糸杉に変えてあげた、というラブ・ストーリー。糸杉は、もっと寒い国のイメージだけど、銅も糸杉も、キプロスに存在していたそうだ。

    英語では、サイプレス。しかし、この前、日本が負けたヨルダンくらいの広さの島は、トルコ系住民の北キブロス・トルコ系住民共和国と、キプロス共和国という、トルコから言わせると、ギリシャ系南キプロスの2カ国で、できているちょっと複雑なところ。それで、お互い、国として認めあっていないし、国連軍が国境警備に常駐、平和をキープしている。

    行ったことはないけど、イスタンブール・アートフェアに招かれたとき、トルコ系キプロス人にも多く出会ったし、古代ギリシャ文化圏でもあって、なんか親近感のある国です。

    ところが、このキプロス共和国が、タックスヘブンだった。

    ニュースでは、ロシアン・マネーを言うが、東欧系グレーマネーなどもけっこう扱ったらしい。それで、ギリシャ国債を購入していて、焦げ付きがとうとう破綻、連鎖倒産した。

    日本も日銀新理事長も一緒になって、がんばってインフレ2%アップにするんだろうが、円安差益分で、見かけ2%は上がるらしい。

    そうすりゃ約束通り8%から10%に。それで一気に、日本も糸杉状態に?!

    あ、悲観的に、考えてばかりいては呼び寄せちゃうから、早くあおひと君も、体制側になって稼ぎましょう!
    ムリムリムスリム、、、トホホ

    相変わらず、ギリシャは、日本の財政赤字の、応援団にされているけど、EU各国は、自国通貨の発行権がない。大きな違い。それとよくいうのが、赤字の内容。自国償却分が90%あるから大丈夫という話。でも、TPPがやってくる!

    TPPになったら、わからない。シリの毛が生えている人は、シリの毛まで、生えていない人は鼻毛まで、むしり取られると、いまからみんなが戦々恐々。

    アメリカの、あまりにも高圧的、唯我独尊な要求に、みんな呆れて、自然消滅するんじゃないか、なんて声も聞くが。。。

    ISDS条項、ラチェット条項、それにホワイトカラーエグゼンプションの導入。解雇の金銭解決制度、労働派遣法の完全自由化、司法事務所の無登記開設許可、ほとんど地位協定と変わらない。

    トルコじゃないが、バサールでオミヤゲ買うとき、値切るだろう。それで10分の1くらいになることもある。TPPでは、アメリカはアラブと一緒、値切られることを承知で言ってきている。だから日本も、そういう駆け引きしないとダメ。それもマジ本気で。

    交渉テーブルは、ぜひ大阪のオカンたちにやらせたほうがいい。頭がいいのは、こういう時代、ある意味、障害。

    とにかく、アメリカは必死。中国に負けてしまうから、なんとかして日本の財力ももらって、今のナンバーワンの力と地位を保とう、という戦略なのは、周知の事実。

    今回の放射能汚染で、ガン患者が増えれば、今でも、アフラックの売上75%が日本だそうだから、ますますボロ儲け。でも、それまでに保険の自由化も済ませておかなければならない。

    知り合いが、東北大震災人工地震説を力説して、自分はまったく信じていないのだが、なんか、アメリカの金づるとして、消費増税、TPP、それと北朝鮮応援団が一体化して、日本を、ゼニガメの養殖場にしようと、本当に地震を起こさせたのかもしれない、なんて思うことも。。。

    あまりにも、災害、不幸、金の流れの3拍子、ツジツマが合いすぎ。と言うのか、お金は不幸の凹みを流れていく?!

    ところで、以前、個展でも、お世話になったインテリア企業ワイス・ワイスのシンポジウムに行ってきた。ワイスワイスの佐藤社長もよく知っているし、青山学院の大講堂で、席が埋まらない〜ていうメールに書いてあるし。

    タイトルが「日本の希望」。

    相変わらず、直球勝負でイイネ!それで、哲学者の内山節氏の基調講演も面白かった。

    けっきょく、有識人たちの脳って、東洋的、スピノザ的思考ベクトルになっているのだ。非線形、曲線、全体総括的なベクトル。アジアン・スピノザが、マイブームだから、自分の心地よいように解釈する、そういう風に、無意識にチョイスしている結果、とも言えるんだけど。

    内山氏は、目標は実利的だが、「希望はあたたかい」と、カッコいいことをのたまい、「希望が無事でなくなった」と、今は、無事な希望を見つけ出そうとしている、探し始めた時代だ、と言う。(自分には、「無事」に聞こえたのだが、もし違っていたら訂正ください)

    内山氏は、広告のコピーでも、幸せに帰ろう、戻ろう、日本を取り戻そう、という。以前だったら、幸せをつかむ、引き寄せる、得る、などと表現したはず。

    まさに、スピノザ指向、脱デカルト世界。つまり、前に進むべき道が続いていないのだ。ドーヴァー海峡で立ち止まったモッズ少年の心境。映画じゃ、そのままダイブしたが、誰でもみんなが、そういう勇気を持ち合わせてはいない。だったら崖っぷちを、ひたすらたどっていくか、来た道を戻るかだ。

    それを今は、「希望がない」と表現する。だったら、そういう価値観から脱すればいい。

    哲学や、アートとか難しいことでも、スケベなことでも、人は考えるとき、必ず基準となる価値観にそって思考が、再現される。

    しかし、その価値観は、既存の価値観、言い悪い、上下、左右など、デカルト的ベクトルにまだ、支配されている。いつになったら、無意識に言い悪いという価値観がなくなり、楽しく物事を考えられるようになるんだろう。

    そのために訓練するのだ。だって思考は、化学反応だから。思考は肉体の現象だから。ケミストリーな経路を別回路に、変えればいい。

    川が蛇行するように、きっと何かのキッカケで河岸のどこかが崩れて、流れが変わる。一ヵ所、崩れれば、あとはなし崩しに、変わっていくに違いない。

    ただ、人は、川の流れの勢いに気をとられ、川の形に気付かないだけなのだ。

    ところで、最近、イヤに小さな地震が多いとおもうのだが。直下型かぁ、富士山かぁ、それともアパートがボロすぎるからかぁ?!
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    【続き その3】デカルトとスピノザ的世界観
    前回から続く。あいかわらずユルユルと長い文章になっちゃいました、、、

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    パフォ−マンス3.20 Photo by United Cafe

    17世紀からヨーロッパ文明は、「われ思う、ゆえに我あり」のセリフで有名な、デカルト的思想が、知識人や権威者の脳みその化学変化を、支配することとなった(人間の思考や肉体などすべて、化学反応の結果と、安富先生は言う)。

    またデカルトは、自然はすべて数式によって、分析し説明できると唱え、これが後の科学の発展に大きく影響した。

    しかし、300年ほどたって、どうもデカルト的考え方では、やっていけないんじゃないのか、と感じ、言いはじめたのが、ポストモダンで、それは、第二次大戦など、世の中が、あまりにも悲惨な結果が続いたことにも、起因するのは周知の通り。

    スピノザの思想は、それでも奔流に埋もれ去るようなことはなく、ニーチェ、ハイデカーなど現象学者やマルクス、ドゥルーズなどポストモダニズムの思想家たちなど、かなり影響を与えて続けた。

    ヒットラーだって、自分の信じる平和を望んで、ホロコーストを生み、戦争をしたのだ。それがうまくいかなきゃ、誰だって考える。アメリカだけが、戦争に勝って、兵隊はたくさん死んだが、参戦国中、唯一、本土攻撃がなく、自国内の被害がなかった。だから、戦前まで、大きかった米国民の反戦意識は失われ、頭に乗った。もしアメリカも、本土攻撃や市街戦などで、悲劇を味わえば、二度と戦争は起こそうとは思わなかったのではないか。

    同様に、放射能だって、広島長崎以外にはその恐ろしさを知ることができなかった。福島じゃあ、いまだ、汚染地域に、子供が暮らしていることは、あり得ないし、これを放置する政府・行政は犯罪者に等しいと思う。元慶大教授の藤田祐幸氏は、あの戦時中の軍隊ですら、児童疎開をさせているのに、今の政府は、それ以下だ、という厳しい意見すら出ている。

    日本の国民だって、直接、被災しない人たちにとっては、ある意味、911同時多発テロのようなニュース映像の情報でしかない。年間100ミリシーベルト以下は安全だ、みたいな話だってあるし、ある意味正しいところもある。

    しかし、低線量被ばく、内部被ばくとか、臨床例がないのだから、安全とは言えない。ていうか、こんなにもわからない核物質を数式計算だけで、扱おうとしたのが、そもそもが人間のおごり。

    それがデカルトから続いた価値観だった。

    日常生活のすべてが、部分が集まって、全体になって、すべて数で表示され、前へ進むを善とした世界観。前にも書いたけど、デカルトやニュートンたちの世界は、分析的、線形的、原因結果的という。

    ところが、そのホイヘンスとかスピノザは、曲線なのだ。

    曲線は出発点に戻ってこれる。し、それを厭わない。全体的、総合的、非線形的な価値観だ。

    スピノザ的だと過去に戻ってもいいし、数が減ってもなんともない。そのシステムの全体がまずありきで、分解して、それぞれを考えることはできない。すべて総合的、全体的なバランスが、価値を生む。

    もし、ホイヘンスが振り子の原理の研究を大成させ、スピノザの哲学もキリスト教から認知されていたら、いまの世界ってだいぶ変わっていたと思う。

    たぶん、宇宙がビックバンで生まれたこととは、ならなかっただろうし、交通網も発達せず、違う意識と価値観の文明が、発展していたことだろう。

    たしかに、元素から記号で表すことができて、この世界に起こるすべての事象は、化学式で言い表すことができる。というより言い表せないと気が済まない。それが科学と進歩。

    必死に、アートだ! 感動だ! 現代美術は文脈だ〜! 愛と安心のメッセンジャーあおひと君だぁ〜って、大声叫んだところで、所詮、化学反応が引き起こした結果です。その化学反応を再現できれば、ゴッホやレンブラントや、草間やよいやレイチェル・ホワイトリードの作品のような感動を引き起こせる。

    しかし、自分は、東洋思想的な、仏教とか古事記とか、そういう世界観にも影響されているから、しっくり来ない。

    すべて化学式で表せることが、事象のすべてとは、とうてい信じられない、何か違うものは絶対ある!

    どうなんだろう、デカルト的な西洋の人たちは、その「何かわからないけど、何かある」んじゃないか、という曖昧模糊な感覚はあるのだろうか?

    言葉の構造や語彙を見る限り、あまりなさそう、っていうか、そういう世界があることは、許せないし、認めないのかもしれない。(自分のかってな想像です。だって絶対、他人のことは認識できない)

    しかし、自分たち東洋的、仏教的な感覚だと、わからなくていい。そのままでも許せる。ま〜いいっか、仕方ない、と言いながら、大自然の驚異とか、生命の神秘ってスゴ〜イ!とそのまま生で感じることができる。

    だから、日本の美術って、いまだキレイで繊細で大自然のモチーフの具象的なものが、好まれ受け入れられる。

    かたやデカルト現代アートは文脈です!分析です!

    今、世界でおこっている民族・宗教対立、自主独立議論、新自由主義や関所ニズムなど、いろいろな齟齬がおこるのは、そんな2つの価値観のバランスが、スピノザ系化学変化が、デカルト系を凌駕してきている結果なのだ。

    日本人も含め、東洋思想にも似た、スピノザ人たちは、全体的、総括的な総和に大事を置き、そこに安心を見いだす。

    日本人の特徴の、調和や和を尊ぶ、儒教思想などなど、いい面ばかりではなく、差別を生んだり、村八分とか招いてしまうけどね。

    デカルト人たちは、分解できる世界、増える数字、広がる領土、数式で表せる世界に、安心を感じる。

    だったら、デカルトとスピノザを同じ壁に掛けておけば、うまく調和するかもしれない?!

    自分たち日本人が使っている言葉をみても、たとえば、「のようなもの、みたい、なんか、ていうか〜」とはっきり断定しない言い方が増えている。

    それは、仲間はずれにされないように、かつ間違いだと指摘されないように、責任回避の結果とも言えるけど、むしろ無意識に、調和の方向に向かっている現象のようにも思える。

    人類は、スピノザ的・全体的・自然調和的な世界に向っていると思いたい。

    でも最後に、ヤケになったデカルト人たちが、全部、壊してしまう可能性もあるから、どうなるかはわからない。

    だから今は、地面も含めて、みんなで、調和するように、一生懸命、揺れているしかないのかな、、、汗。

    でも、振り子の原理を考えると、パラレルワールドの信憑性が増してきた。

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    【前回から続き】スピノザとホイヘンス
    前回の続き。また、ウダウダと、当たり前のことを熱く語りさま〜ず!

    とにかく、現在、パラダイム・シフト(価値観の転換期)に入った。とくに911から311になって、ますます拍車がかかった。素数でいくと、次は、113か?!

    自然と文明のバランスが崩れた、その揺れ戻し。人間は、日本の神話世界のように、自然と共存するしかない、というか、自然の一部であって別ものではない、ということを改めて思い知らされる。

    安富先生は、オランダの科学者ホイヘンス(1629年生まれ)と、哲学者スピノザ(1632年生まれ)を例にあげ、現在の価値観の生きづまりを示す。(ここから授業の要約 http://iwj.co.jp/wj/open/archives/21291

    当時、大航海時代で、南北を表す緯度は、大陽の位置から割り出しやすかったが、東西の経度を正確に示す機械が、まだなかった。それでホイヘンスは、経度器の発明を試みた。

    日の出をもとに、正確な時計があったら、測れる、というところまでわかっていた。

    しかしホイヘンスはそれを開発できず、病気で寝込んでいたとき、2つ並んでいる柱時計が、(当時は正確さを求めるため、2つの時刻の平均値をとったと言う)、その振り子が、なぜか逆位相の振幅で、同調していたことに気付いた。

    ホイヘンスは、それをヒントにいろいろな実験を試みる。柱時計の間の距離を離したり、また振り子だけを、いろいろな条件で、2つ同時に動かす実験を試みたり。

    それで、それぞれの振り子の振幅は、ある一定の条件だと、お互いが干渉しあうこと発見した。

    ただ、これは経度器の発明には関係なかった。ショックを受けた彼は研究を、そこで止めてしまった。そして、その研究が、再開されたのが、なんと300年以上たった1960年代と言う。

    安富氏は、この研究の重要性を説明。2つの振り子の振動数は、その中間に限りなく近いところで調和する。しかし、その2つが調和する振動数は、お互いの振り子にとって、あくまでの未知の振動数。

    ある条件のもとに異なった2つを接続すると、ある条件を生み出すといい、2つの異なった振動数は、一定の条件を満たすと、その未知の振動数に向かって歩み寄っていく。類は友を呼ぶ!

    それは調和してひとつのシステムをつくりだす。また、これがコミュニケーションだと言う。

    合意形成と言うが、意味はない。お互い同じ意見を持ちましょう、これは同じひとつの振動数を共有しましょうということで、システムが接続しているか否か、が重要らしい。

    あとは共通した振動数を、お互いが、かってに探し出す。(エントロピーの法則や熱力学の法則も、それに近いかな)

    しかし、その共通した振動数を、求めてはいけない。それは未知なもので、異分子同士が、探りあって到達するもの。大事なのは、お互いが同じ条件でいることだ、という。

    つまり、反原発、反TPP運動も、そのNOという結果を、相手に求めてはいけない、同じ条件にいれば、自然とお互いの一番近いところに歩み寄る、と言うことなのかもしれない。これがホントの民主主義?!

    重要なのは、みんなが同じ振動数で、官邸前や日本を、つねに揺さぶり続けること、なのだ。

    なんか、深〜いし、考えさせられる原理だなぁ。人間関係、金儲け? 恋愛関係、なんかすべての事象に当てはめられて、試してガッテン!

    前も書いたけど、呼び寄せの法則とか、シンクロニシティとか、そういった観点から考えてみても、当てはまりそうだし、自分は信じてしまう。

    そしてホイヘンスの親友でもあったスピノザは、その振り子理論から、全体を部分に分けて考えることは、不可能といい、デカルトを批判した。

    なぜなら、その共通した振動数は、柱時計をしらべても、かかっている壁を調べてもわからない。そのシステム全体がそろわないと、その現象はわからない。

    全宇宙は、つながっているのだから、部分をみたってわからない。ゆえにスピノザは、その、つながりあった全宇宙を神と言った。

    授業の要約はここまで。参考図書『経済学の船出』安富歩著 NTT出版

    (次回に続く)
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    関所ニズムと原発
    昨日は、個展のオープニング。パフォーマンスもサクッと上演。レビューは、後日、報告します。個展は、4月1日(月)までやっています。(あおひと君本人は不在)

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    ■個展「ノーテンキー・ワールド」2013年3月20日(水・祝)〜4月1日(月)
    〒154-0003 東京都世田谷区野沢4-4-8-1F Tel:03-5430-3477
    WEB: http://united-cafe.net/
    ★OPEN HOURS 11:30-25:00 (Fri&Sat -29:00)
    ★CLOSED Tuesday 火曜日定休
    ★ACCESS 環7沿い・田園都市線 駒沢大学駅 約940m
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    フリージャーナリスト岩上安見氏が、主宰するIWJ(インディペンデント・ウエッブ・ジャーナル)で、安富歩先生の授業が、ネット中継されていて、面白かった。
    http://iwj.co.jp/wj/open/archives/19659
    http://iwj.co.jp/wj/open/archives/21291
    http://iwj.co.jp/wj/open/archives/22540
    ※故石井紘基代議士の娘ターニャさんも出席!美人だぁ。

    ちなみにこの番組を見て、レポートを提出すると東大の単位がもらえるとのこと?!

    安富氏は、東京大学東洋文化研究所の経済学教授で、「東大話法」という言葉を、流行らせたことで、記憶にある方もいると思う。

    その授業で、資本主義を、海賊・山賊のやり方だ、といい、それは、物が行き来するところの、せまい場所に陣取って、通行料や強奪をする。つまりウワマエ(みかじめ料)をはねるシステムと説明。安富教授は、それをセクショナリズム(派閥主義・縄張り主義)をもじって、関所(セキショ)ニズムと呼んだ。

    よく言えば、中央集権。

    いま、その関所ニズムが、ネットワーク型システムとの主権争奪戦を繰りひろげているという。

    ネットワークには中央(関所)がない。中心があっても時間や内容で、それは移り変わっていく。ウエッブがそのもっともわかりやすい例だ。(ちなみに東電が、スマートグリッドをやりたがらないのも、こういうところに起因するんじゃないのか)

    たとえば、原発再稼動も、電力供給だけのための再稼動ではない。関所ニズムを守るため、と指摘する。

    これは、物理学者、科学史家の藤田祐幸氏も、やはり岩上氏とのインタビューで言っていたが、火力発電所は足りている。なぜか、原発を作り始めたとき、火力発電所も同様に作っていると言う。
    http://iwj.co.jp/wj/open/archives/19465

    それに、石油の枯渇とかもウソだ。まして、今の発電は、石炭と天然ガスが主流で、環境にも発電効率も、原子力より、優れものだと言う。

    そこで原子力村の最後の砦、温暖化、CO2の問題になるのだろう。

    今回、311がなかったら一生、知ることがなかったと思う、放射線や原発、エネルギー問題。

    原発ってとても複雑で、科学の最先端をいった技術と思いきや、原理は、核分裂で生じる熱でお湯を沸かし、その蒸気でタービンを回して発電。

    ダムなど水力発電は、その蒸気のかわりに、水の流れる勢いを使う違いだけ。原子力発電は、熱を発するけど、わけのわかっていない放射性物質を燃料に使った湯沸かし器なのだ。

    今回の冷却装置停止の停電も、アトミック・マウスの自爆テロらしい。ホント大丈夫かな?!それともネズミみたいな小動物が悪さするぐらいだから、サイト内の放射能は安全だ、と言いたかったのか?

    かたや国民で、最悪の事態になならないか、固唾をのんで見守っていた人たちは、多かったと思う。まったくこれでも、原発は再稼動?!

    それで、湯を沸かしてタービンを回すのはいいのだけど、熱が上がりすぎてしまう。それを冷やすのに海の水などを使って冷やすのだ。

    その核分裂で、上がった熱全部が、タービンの運動エネルギーに変わればいいのだが、なんと30%強しか運動エネルギーに変換できない。残りのお湯の70%は、ふたたび海の水で冷やされる。なんともムダ。

    ヤカンでお湯を沸かして、その7割は使えないから、ヤカンに水をかけてお湯をわざわざ冷やすのだ。それでふたたび火にかけてお湯を沸かして、、、一服、お茶を点てる。

    もっと?なのは、お湯をわかして、電気に変えて、その電気で、家ではまた、お湯を沸かす。

    だったら、原発の余ったお湯をそのままつかえばいいと思うのだが、放射能付きで、運ぶ途中で、冷える。電気も電線から長ければ長いほど、逃げて減ってしまう。

    なので反対論者がいう、安全だったら都心に発電所を作れば、ムダが減る、という根拠になる。電力は、地産地消が一番効率がいい、と言うことになる。

    天然ガスや石炭などの発電機では、5〜60%、原子力の2倍、発電効率がいいという。それに生産コストの安価、安全性。

    まあ、今ではおおっぴらになっているが、原発は、プルトニウム生産で、核装備と核抑止力の軍事的役割の方が大きい、と言うことだ。

    今回の事故がなかったら、こんな知識なんては、おそらく知ろうとはしなかったし、すぐに忘れていたと思う。

    だけどいちばん、困ったのは原子力村の人たちだ。だって、この爆発さえなかったら、ずっと、国民から、その欠点を、隠し通せたはずだったのだから。

    そういう意味じゃ、お天道様は、ちゃんと見ているのだろうな。

    あと被ばくに関しても、アルファ線、ベータ線、ガンマ線。

    ギリシャ語は昔、できたからアルファ、ベータ、ガンマ、ジータ、エプシロン、ジータ、イータ、イオタ、カッパ巻き。

    もう常識にもなっているのだろうが、アルファ線とベータ線は粒子線といい原子が、飛ぶ。それからシーベルトとか、ベクレルとかで有名なガンマ線は、電磁波、つまり紫外線やX線と同じで、波?!。なんの波かと言えば、光子という粒らしい。

    それで確かに、プルトくんこと、プルトニウムは、陽子2個、中性子2個のヘリウム元素になったミサイルになって飛んでいく。しかし、アルファ線自体も数ミリしか飛ばないし、紙1枚で遮蔽できる。だから内部被ばくや、直接触らなければ、安全。これは正しいのだろう。

    でもそのアルファ線の強度がとてつもなく強い。1m離れただけで、数兆倍も変わる。そのアルファ線とは、プラスの電荷を持っている。それで回りの原子の電子(マイナス)を奪っていく。ある分子は、それで分解され、酸素だったら、電子の減った活性酸素ができる。それが、体内だったら遺伝子を傷つけ、細胞をガン化させる。

    と言うことらしい。それでベータ線は、安定しない核が破裂して、中から陽子と中性子が飛び出すんだそうだ。その陽子がベータ線。アルファ線より長く飛ぶ。

    でも数ミリのアルミで遮蔽できるという。しかし、プラス電荷のベータ線が、マイナス電子と中和するとき、光子2個を発生する。それが、かの有名なガンマ線となる。

    これがアルファやベータよりは弱いが、電荷を持たないし、光子波なので、より小さいのだろう、透過力が強い。また同時に発生する陽子と分解して、同じように放出される中性子は、中性子線といい、これも、電荷がないので、力のある限り、直進していく、などなど。

    もちろん、自分なりに見聞き、調べた結果です。間違ってたらすいません。

    こんなこと、311がなけりゃ、知らずに済んだ。でも知ってしまった。

    そもそも、この科学で、人類は、いろんな物が生まれ、発見され、発達し、便利になったのだ。

    だから、宇宙も、世界も、社会も、政治も、自分も、科学的に成り立っていて、それを疑わない。絶対、ということを信じている。他の価値観なんて、あり得ない。だって、今さら太陽が、地球の周りを回っているなんて、誰が信じようか。

    でも、この科学のうえに成り立っている世界は、16世紀のデカルトやニュートンたちが、築いた価値観なのだ。その前の時代までは、神が、科学のような存在だった(はずだ)。だから、あまり歴史は長くない。ぜいぜい400年弱。

    それは現在まで続き、人類の価値観の基本になっている、デカルトやニュートンたちの世界は、分析的、線形的、原因結果的な思想、価値観なのだ。

    しかし、同時期に、スピノザとホイヘンスという哲学者、科学者がいて、彼らは、全体的、総合的、非線形的な価値観を提案していた、と安富氏は、とても興味深い話をした。(次回に続く)
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