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    • Contemporary Art 2.012展
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  • 震災は終わっていないー石巻 その1
    「津波に飲まれて海の中だった。もう死ぬ、と思った。気づいたら流れてきた柱にしがみついていて助かった。でもね、うちのヤツは、、、」。焼きそば屋の尾形さんは初対面にもかかわらず、一生懸命に当時の惨劇を語ってくれた。

    石巻に行って来た。

    東京ワンダーサイトにレジデンス留学しているイタリア人アーティスト・リッツが、被災地で映像作品を作ると言い、パフォーマーを探していた。そうしたら、知人を通してあおひと君に青羽、じゃない赤羽、じゃない!白羽の矢が立った。

    リッツはベネチア工科大学のポストグラデュエートでメディア・アーティスト。すでに彼は先週、同地にロケハンで来ていて、粗筋はできていた。

    今回、ドイツの童話「ハーメルンの笛吹き」のようなイメージで、フルートを吹きながらひたすら被災地を歩く、という役を自分は与えられた。(あおひと君じゃない、ハーメるん君です!)

    当然のごとく、お互い、お金がないから恐怖の深夜バスで行って、でも今回はトイレ付き(笑)! 翌日、予定があったので自分は新幹線で日帰りした。

    こんな機会がないと被災地など行けないし・・・。

    とても気にはなっていた。

    震災復興の名のもと、数々のアーティストが企画を展開していて見にも行ったし、チャリティ・パフォーマンスもやった。

    が、ここぞとばかりにがんばれコールを叫んでいても、誰のため?って疑問に思うこともしばしば、あったのも事実。

    なぜなら、戦争や数々おこる人間の悲劇も悲哀も、現代美術的には、ファクターとして折り込み済み。なんてカッコエエしぃことを言っても、実のところ自分のことが精一杯で、余裕がなかったのかもしれない。

    早朝、石巻駅前に到着。さぞかし外は寒いのか、と覚悟していたら、アレレレ?!暖かい。この日のため、ドンキホーテで買った黒のゴム長靴がなんか暑苦しい。

    うっすらと明るくなってきた空を見上げると、晴れそうだ。やった〜!天気予報でチェックはしたが、変わり易い東北の冬、雨や雪だったら最悪だ。

    モーニング缶コーヒーで一服の後、二人はキラめく朝の光を逃さないように、撮影現場に直行した。

    駅前の目抜き通りには、サイボーグ009やら石ノ森ワールドのフィギアが、あちらこちらに立っている。

    リッツ曰く「小さい頃よく見たんだけど、緑の髪毛のキャラって何って言ったっけ?」というが自分は知らない。

    するとチャンと我々を出迎えてくれました!星の子チョビン!イタリアではけっこうポピュラーらしい。

    星の子チョビン.jpg

    海岸線に近づいていけば行くほど、震災の惨状が目に飛びこんでくる。

    もちろんずいぶん整理はされているが、まだまだ津波に耐えた廃屋やガレキもあちらこちらに残っている。遠くには日本製紙工場の高い煙突から吹き上がる真っ白い煙と陽光が無邪気に戯れて、近未来都市にいるような不思議な感覚に襲われる。

    マンガ館.jpg

    最初のシュートは石ノ森萬画館が建つ北上川の中瀬(写真上)からスタートだ。

    リッツが撮影準備、自分は白装束に着替えて、フルートに息を吹き込む。

    ぴょろぴょろ〜〜〜・ぶっ・プスっ・ぴょろっ?・・・汗

    情けない音が石巻の大空に吸い込まれていく〜〜〜〜。

    イタリアにいた頃はフルートで地元テレビに出たり、街頭芸人をやっていたのに、20年以上、演奏していなかったので満足な音がまったく出ない。

    もちろん運指もタンギング(舌)も見るも無惨な状態。まあ、音は編集でかぶせるというので気にしないで行こう!

    次に、川向こうの鹿島御児神社が鎮座する日和山公園の小高い山へ上がって降りて、津波がすべてを奪い去り、広々と平地が広がる門脇地区へ向かう。

    ハーメるん笛吹童子は、ゴーストタウンになった被災地を、もの悲しい下手くそな音色を奏でながら歩き回る。住民に怒鳴られそうだけど、幸いにも誰も通らないし、家はない。

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    (Photo by Ryts Monet)

    たまに人とすれ違うと、コンニチワ!僕たちイタリアから来ました!チャオ!

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    だだっ広い更地にポツンと家が残っている。近づくと壁には全撤去との印。大きく破損したマドからは部屋の中が丸見え、カーテンもよごれたままで風になびいている。

    津波がマドを突き破って押し寄せた当時の光景そのままで、2年近くも放置されているのだ。家具や調度品、子どもの玩具やテレビ、オーディオ、フトン、衣類すべてがドロにまみれ散乱し、時間が20110311で止まったまま、持ち主の帰宅を、忠犬ハチ公のように待ち続けている。

    廃屋03.JPG

    あとから聞いた話だが、女川地区でやはり所有者が行方不明だった被災家屋を取り壊したら、後から所有者が現れ、行政側が訴えられて、3000万円賠償で敗訴したのだそうだ。だからこの石巻でも、ところどころに壊せないままの空き家が点在している。

    お寺.JPG

    由緒正しい大きなお寺の本堂も、重そうな屋根を支える柱がむき出しで、中はくり抜かれたようにスケルトンの姿で建っている。回りには真新しい墓石と、倒れたままの薄汚れた墓石が混在した墓地がいたるところにあって、またそれが目立つのだ。

    門小全景02.jpg

    パフォーマンスで練り歩いていくと、門脇小学校の異様な姿がだんだんと大きくなってくる。鉄筋コンクリート地上4階の典型的なスタイルの校舎は、全ての海側のガラスが割れて飛び散り、引き裂かれたカーテンが垂れ下がり、黒い口のような大きなマドが規則正しく並んでいるのがイヤに印象的だ。

    門小マド.jpg

    そして門小を通り過ぎ、リッツが先回来て、知り合いになった人に会いに行く。リッツの話を聞くと、食堂経営者というのだ。でもこの当たりにはそんな建物はどこにもない。

    ただただ空き地が広がり、視線を下に向けると、いたるところに献花と供物が添えられていて、それがあまりにも多いのが目につく。

    あとから聞いたのだが、この石巻市の西側の門脇地区などの石巻港周辺一帯では1,000名近くが亡くなったのだという。そのほかにも東側、近郊地域も含めると石巻市全体で3,000名以上亡くなったという。

    リッツの知り合いの食堂とは、ボックスカー車上販売の焼きそば屋さんだった。買い物から戻ってきたその主人は、車から降りると、まるで昔からの知り合いのように笑顔と大きな身振りで、話しかけてきた。

    自分たちはさっそく、石巻焼きそばを注文した。震災直後からボランティアで京都から手伝いに来ているオジサンが、焼きそばを作っている間、ご主人の尾形さんは、こちらが求めることもなく自然に、まるでインタビューに答えるごとく、311当日の衝撃的な体験を話し始めた。

    このお店は「石巻焼きそば味平」といい、震災以前は札幌ラーメン味平を同じ場所で営んできた。それが一瞬のうちに全壊。長年連れ添って一緒に店を切り盛りしていた奥さんも亡くす。尾形さん自身も津波にさらわれ、奇跡的に助かったが、あばら骨3本、肩の靭帯断絶、数ヶ月の入院。

    ところで廃人同様の精神状態の中、ガレキを片付けていたら、奥さんが愛用していた鉄板ヘラが偶然にも現場から見つかった。それで尾形さんは、これは奥さんからのサインだと思い、お店の再開を決めたのだという。このエピソードはたくさんのマスコミに取り上げられている。

    「俺は助かったんだけど、女房は津波の中に消えていった。それからすぐにこの辺一帯は火事にもなって、まだ遺体が見つからない人たちは一杯いるんだ。でも見つかってもDNA鑑定できないほど火事で損傷しちゃったんで身元の確認ができない。それだから、この場で、もう10人くらいづつでまとめて葬式。ハイ次の遺族の方、ハイ次の方、って具合。その葬式業者も入札で決めるんだよ・・・」とうっすら涙ぐむ。DVDプレイヤーからは尾形さんを取材したテレビのニュース番組が流れている。

    自分は「すごいですね〜尾形さんって有名人ですね〜」くらいしか言葉がでない。その体験を話さないと我慢できないのだ。そんな苦しい気持ちが痛いように伝わってくる。

    「今日はいい天気だけど、東北の冬は寒いし雨や雪ばかりだと、ウツになっちゃんだよ。やることはないし、みんな毎日、朝から閉店までパチンコだよ。夏とかまた来てよ、山の上に小さなセカンドハウスもっているから、ただで泊まれるし」と必死に語る尾形さんだった・・・。

    (続く)
    リッツ、自分と尾形さん。がんばろう!石巻
    味ヘイ.jpg
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    スランプだぁ
    49ナーズの最後の反撃も及ばす、レイブンズがスーパーボールを制した。QBフラッコのMVP、レイ・ルイス引退とちょ〜盛り上がった。

    日本だって女子柔道が見苦しい状況になっているが、女子アイスホッケー代表が、ノルウェーにまさかの第3ピリオド逆転勝ち。それでスロバキアが格下のデンマークに負ける波乱が。

    そしてこのブログを書く気力がなくてほっといたら、昨日デンマークに大勝!ソチ五輪出場決定!素晴らしい。ナデシコに続け!

    と騒いでいる間に、尖閣問題が野火から燎原の火に。照準レーダーロックオンだと!渋谷陽一もビックリだ。

    ほんとうにあの石原慎太郎のヘリテージ財団での尖閣発言は許せない。

    しかしあの石原さんも、今思えば、権謀術数に長けているように思えて結局、いい人なんだよね。根っからの悪人じゃあない。だって心中、バレバレ。何が言動の根拠にあるか、ミエミエなのだ。悪い人としてはレベルが低すぎる。

    それをバレずにやるのが恐ろし人種であって、いろいろ見ていると日本人は政治家もなにも皆、悪気はないのだ。

    せいぜい、出世か金に対する低俗な欲深さか、浅はかな言動にすぎない。今のお偉いさんはみんないい家のボっちゃんだし、せいぜい、回りにおだてられて舞い上がり、悪人ぶっているだけなのだ。

    過去の人間の起こした悲劇を省みると、人間は一人二人だけだと、いい人たちだ。しかし集まれば集まるほど、何千人、何万人となってくるとヘンな方向に進んでしまう。それはみんなが決して望んではいない方向へ進みたがる、アプリのバグみたいなものなのか?!

    アルジェリアの誘拐殺害事件も実態はスッキリしないで終わった。マリ内戦のフランス軍侵攻、シリア内戦も和平の道筋は見えてこない。

    最近、英文で現代美術評論を読む読書会があり、A/Pseminaire(https://www.facebook.com/groups/433168600078243/)時間があると参加している。といっても英語のレベルは難しいのだが、興味がある分、居眠りもせず、主催者を怒らすこともなく、済んでいる。

    それで先週は、ドイツの巨匠ゲルハルト・リヒターとサイ・トンブレイの評論を読んだ。しかしあちらの現代美術評論も面白い。とにかく作品だけだとキレイ、カワイイ、スゴい、ツマンナイ、別に、という形容詞が口から飛び出すくらいで終わる。

    でもテキストによる解釈が加わると、作品はまったく別の様相を帯びてくる。とくに18世紀からのヨーロッパ絵画は、産業革命、王政崩壊、資本主義勃興にあいまって思想的な解釈が織りこまれていくから余計に複雑になっていく。

    クールベとかミレーなんか、庶民の労働賛美だがそれは当然、価値の変換だし、ミレーも貧しさを落ち穂拾いで訴え、貧乏でも人間として美しい!となるのだ。日本だとウタマロやクニヨシとか、天保の改革の粛正の荒らしを逃げ延びるために、彼らは創造力を発揮。誇張、デフォルメに進化させ浮世絵の世界的人気を勝ち得た。

    たとえばドイツ人のゲルハルト・リヒター(Gerhard Richter)は、60年代から活躍している現代美術家だが、作風がめまぐるしく変わっていて、今まであまりピンと来なかった。でもその背景には東ドイツ生まれでプロパガンダアート(商業アート)で生業をたて西ドイツに移住、現代美術家として再出発し、成功を収めた。

    作家の精神性、個人的影響、生きることの解釈、社会性。そういったもろもろの要素が織りなされ紡ぎ出された作品を、モノの見事に評論家たちは浮き彫りにする。

    そういう補助線があればより作品の良さ、価値、そしてアートの必然性があぶり出されるのだ。それがよくいうアートの文脈というものなのだが、日本だとタブーが多すぎて、かつ現代美術としての文脈の意義性が付随しないため、一面的になって、趣味の世界で終わってしまう。

    天皇をネガティブに語れない、死をポジティブに肯定できない、思想史がないため議論による展開ができない、そもそも歴史教育に思想的根拠がないから日本について何も語れない。出来事とそれが起こった年号だけじゃ歴史は成り立たない。

    ということで、こういう考え方も西洋的解釈なのだ。これはこれで面白い。ロマン主義になって過去から未来に時間の進み方がシフトしたように。

    でもいくら西洋的な思想的アプローチを日本でいくら叫んでみても、地球の裏側から愛を叫ぶようなもの。日本の独自性、オリジナリティと西洋の奔流をしっかり合流させるような方法論はないのだろうか?

    う〜ん、スランプ。なんかうまく書けない。言葉が降ってこない。

    別にこんなブログに一生懸命にならずともいいのだが、、、無理せず臆せずがんばらずだね。
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    イジメと武士道
    昨日、ジョッギングしてたら、太もものウラにピキッ!と痛みが走った。

    ヤバイ、肉離かぁ?寒いのに準備運動をなおざりにしたからだ。歳には勝てない、、、トホホ。

    それでも、気持ちだけはいつまでたっても、食う寝る遊ぶ。

    これで当分、走れないだろうから、今度は体力余ってダンベル発電(トレーニングによる肉体暖房)をやりすぎて肩とか壊しそう。

    本当に人間の体ってよくできている。

    科学が進歩して体の仕組みがわかってくればくるほど、ムダのまったくない合理性とエネルギー効率のよさに驚かされ、ときどきマジンガーZの兜コウジか、アムロレイのように肉体ロボットの操縦感覚に包まれる。

    それもそのはず、機械の方が人間を真似て生まれてきたモノだから、似ていて当然なのだ。

    女子柔道の園田日本代表監督が、選手からパワハラや暴言などで告発され、辞任を表明。

    桜宮高校バスケ部のキャプテンの自殺も大きな問題になっている。

    どちらもイジメや体罰に関連し、考えさせられる問題だ。

    自分たちの若かった頃は、ケンカ、シゴキ、イジメ、パワハラは日常茶飯事だった。

    小さい頃の自分は、体が弱くて貧弱だったので格好のエジキになった。

    小学校の頃は、同級生にイジメられ、強くなれと近くの柔道場に通わされ、そこでも先輩にイジメられ。

    やっと小学校から解放された中学では、こんどは教師からの体罰だ。といっても自分は大人しい方だったから、在学中、4、5回ほど殴られただけで済んだけど。

    そんな中学時代に遭遇したある体罰を思い出した。

    職員室にいったらバスケ部の後輩がある教師に報復ピンタを受けている。その教師は、特攻隊の生き残り、と学校一恐れられていて、自分とは学年が違って助かっていた。

    延々と恐らく20往復くらいはピンタは続いていた。もちろん回りにいる他の教師は、ビビっているのか、誰も止めようともしない。

    後でその後輩に理由をたずねたら、よくわからないと言っていた。が、思い当たる節がある。

    その後輩の親族(祖父だと聞いた)はとっても有名な大将クラスの軍人だった。鎌倉だったので今思うと訳のわからないエライ人種が多かった。

    つまり、その特攻隊崩れの教師の私情が入っていたのでは、とふと思ったのだ。もちろん妄想だが、当時、世間にはまだまだそんな空気が残っていたものだ。

    話が飛んだが、高校になったらバスケ部でシゴキと体罰の日々。

    今思うと、よく鍛えてくれてありがとう、という気持ちばかりで、憎しみも怒りもない。

    そんな経験で悪かった点をあえて挙げるとしたら、卑屈になって自虐指向が増長されたこと。。。?!

    やっぱり体罰は好くないゾ。

    それは人権にかかわるということだ。

    日本は人権の意識が薄い、とはよく言われるし自分でもそう思う。

    時代は変わったのだ。

    今はアスリートも指導者もたいへんだ。

    昔は、苦しくて意識が朦朧になってもバシバシ引っ張っていってくれた。

    頬をひっぱたかれ、水をぶっかけられ、罵倒され、それでも、なにくそ!とはいつくばった。(少し誇張が入っているかも)

    それが今は厳しく鍛えてくれない、自分で自分を駆り立てないといけなくなった。

    まさにホルモン(古代ギリシャ語で駆り立てるの意味)の時代だ!

    選手自身のモチベーションの大きさで勝敗や成功が決まる、自己責任の時代になったのだ。


    それもそのはず日本では、体を鍛える、体を使うという意味で、スポーツが精神修練法の武道とゴッチャされていたからだ。

    日本は野球道とベースボールというように、なんでも武士道的精神とつなげてしまうのだ。

    体罰、チームワーク(レンタイ責任)、根性、滅私奉公。

    それらも月並みに言えば、愛が基本にあるから成り立つモノだ。

    今のイジメや体罰は、愛がないからダメなのだろう。

    もはやスポーツと武道、分けて考えるべきなのだ。

    コラム「WBC山本浩二監督の“金髪・茶髪禁止令”に野球界から批判の声が聞こえないのはなぜか」はそんな違いを考えさせられた。
    ダイモンド・オンライン 相沢光一著 http://diamond.jp/articles/-/31160 

    でも日本人はいろいろな個人競技でも万遍なく、好成績を残すから、とても優秀。

    スポーツは楽しければ楽しいほど強くなれることも証明されている。

    欧州プロで活躍する大勢のサッカープレイヤーや、ロンドンオリンピックでのメダル数、女子スキージャンプのサラチャンや卓球の愛ちゃんなんて見ていると、武士道的精神論が唯一の強化方法とは限らないことは明らかだ。

    だいたいが無心が極意の武道において、「楽しい」なんていう感情は邪念でしかあり得ない。

    スポーツの世界にかかわらず、自分たち一般ピープルも、自己の存在モチベーションを強く持たなきゃ生きていけない時代になってきている

    それが、「日本を取り戻す」そして「日本人の自主独立」っていうことなんだろうが、このまま武士道精神を活かしていくべきなのか?!

    しかしもって戦後生まれの自己愛が基本の武士道精神では危険きわまりないと思うのだ。
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    哀悼 嶋本昭三
    京都教育大学名誉教授で現代美術家の嶋本昭三さんが亡くなった。

    享年85歳。心よりご冥福をお祈り申し上げます。

    嶋本氏は戦後まもなく吉原治良が中心になってはじめた具体(美術協会)の発足メンバーの1人で、「具体」という名を考えた人でもある。

    嶋本氏とは若い頃、東京都美術館の公募展「AU」(Art Unidentified、嶋本昭三主宰)に出品したことで知遇を得た。

    その頃の自分はヨーロッパ帰りで右も左も上もわからず、知っていたのは下の生活だけだった。

    留学帰りが華々しく優遇され活躍できるなんてMBAやドクター取得のアメリカ帰りくらいだろう。

    自分はイタリアのペルージャ外人大学の最上級コースに通ったが、最後の修士試験は受けずに修学証明をもらっただけの日本の教育規格じゃ高卒だ。

    それよりも滞欧中、アートの世界に目覚めてしまいペルージャの貸画廊で個展をやって、帰国してからもアート活動を続けていた。

    それで見つけたのがAU展だった。無審査無規格な、昔の読売アンデパンダン展みたいなヤツだったので、嶋本昭三主宰なんてまったく知らずに出品。

    したら年間賞受賞。兵庫県西宮にある嶋本先生が運営するアートスペースで個展をやらせてくれたのだ。

    そのAU展での受賞作は幅90センチ、長さ25メートルくらいのキャンバス布地に描いた作品。まあ巨大絵巻物。

    当時の自分の振り返ると、「誰にも媚びず何も学ばず何も恐れず何も欲しない」とても純真で素晴らしい精神だったなぁ。。。。笑

    今じゃ、媚び砂漠で雑学詰め込みまくって明日の生活にビビリまくったシケモク拾いの河原乞食だ。

    (内なる声)うわっ!ここまで自虐的にならなくてもいいのに、、、
    (もう一人の内なる声)本心じゃないって。同情を買っているんだよ!
    (内なる声)そうか。でもほんと自虐的だ

    それで、西宮のアートスペースで個展をやって、先生のアトリエを見せてもらったり、AUメンバーと知り合ったり、とてもよくしてもらった。荒木さん、橋本さんとか元気かな。

    ところが当時の自分は具体とか嶋本氏のアートの方向性にイマイチ、ピンと来なかったのだ。これもご縁だと思う。残念だけど。

    ちなみに吉原治良のモットー「人と違うことをしろ」「物まねをするな」「オリジナルを追求しろ」。嶋本氏は「われわれの精神が自由であるという証を具体的に提示したい」と命名、具体美術協会が1954年に発足した。

    具体は近年、世界で再評価を受けているが、とにかくメチャクチャなグループだ。

    アートに興味のない人たちにとっては、たとえば嶋本先生の大砲で描くアートとか泥んこ1人プロレスのように足で制作する白髪一雄とか、おっぱいに絆創膏をはって外を歩いていた山崎つる子とか、今だったらまだわかるが、戦後間もない日本での話なのだ。

    具体グループ解散後も、その精神を嶋本氏は受け継ぎ、84年当時でも嶋本氏たちは高所クレーンでぶら下がるアートとかわけのわからないことばかり。

    「AUの論理」という自著を頂いたが、今あらためて嶋本ワールドや具体の目ざしていた思想の偉大さと斬新さに感動する。

    具体に関しては、アンフォルメルの模倣だ、とか賛否両論はあるし、フランスの批評家ミシェル・タピエが見つけなかったら今のようには残っていなかったとも言われる。

    でもそれは偶然ではなくて、作品から放たれたエネルギーが必然的にタピエやアラン・カプローを引き寄せ、世界のアートシーンにその業績を刻み込んだのだと自分は信じている。

    どんなに無名であっても、隔離された環境にその作品や行為があっても、人を感動させる作品や価値・意味のある作品は、人を呼び寄せ残っていくのだと思う。

    裏を返せば、今自分のいる立ち位置は、そういう作品を制作できていないからだ、とも納得している。

    ところで「AUの論理」(嶋本昭三著 1980)から、引用すると、

    ーーーーー下記、P2より引用ーーーーーーー

    未確認への行為の論理

     1956年ミシェルタピエは我々具体グループの仕事に会って、彼の著「激情の明証」に”芸術の現象学は傑作を俟(ま)ってはじまる”と称した。現代芸術は美術グループによって傑作が生まれることはないと信じていたが、具体グループの作為を見て美術倫理の空しさを悟ったという。傑作誕生の論理も、傑作が生まれて後にはじめて定理づけられるものであって論理が先にあって傑作が生まれることは曽て無いのである。〜中略〜
     製作者は知的労働者ではない。ART UNIDENTIFIEDの論理は行為の果に時間性に沿って感じとれる美的体験である。

    以上、引用終わり。太字、()は加筆。

    ところで嶋本氏は、障害者アートなどの慈善活動にも積極的にかかわっていた。それは、具体美術を見るように、自由な精神を尊ぶ創作行為が、多大に関連していることによる。

    敗戦当時、精神を病んでいた子どもたちは多かった。現在も別の意味で病んでいる人が増えているが、とにかく嶋本氏はそういった子どもや人たちのなかに、芸術性を見て取っていたのだ。

    たとえば嶋本氏は、「軽薄のすぐとなりに芸術がある」(精神異常が軽薄という意味ではない)と言い、(P20より引用)「具体の説明をするのに、現在有名になっている作家や美術館におさまっている具体の作品をとりあげて解説するのは、当を得ていない。
     具体は、もともと美術解説者のとりあげ方に抵抗を感じ美術館に納まりかえっている作品に反撥する連中によって、はじめられた運動である。」といいとてもスゴイ作家を紹介している。

     金木義男という作家は、二枚の絵を合わせて釘で打ち付け「見せヘン」と書いた。チョーク箱の裏がキレイと詩を書いて嶋本氏に興味を抱かせた、友原康博氏。彼の中学の時の詩がのっていて、自分も大好きなので掲載する。P21

    松眼伝理衆
    衆心は やみに まじって ぬん

    敬基の 目に もみと ぬん
      伝   伏
    伝状の 納目は きびしい
    人間の おもしろさを 乳ぶく
      伝   伏
    伝状を かざしたら
    宝見の 霜を
    彩ざやかに 血に 変え
    何悦の しょうこと してしまえり
    人間の 肝悦から んもにりぬ 艶

    何とも言えない詩だ。こういう世界は書こうとしても書けるモノではない。

    ちなみに彼は学校のテストには、すべてこういった詩を書いていたそうだ。また一緒に歩いていて、水たまりがあると、ペシャっとそこにうつぶせになり、先生もやって見ろ、と言う。できないと「先生は、世間体を気にしすぎる」「自己防衛本能が強すぎる」と言った。

    あの村上隆がパロッたフスマ50枚を突き破った村上三郎、鷲見康夫のゴミに仕立てた作品、元永定正の煙だけの作品、金山明のラジコンカーから絵の具がでるようにし、走り回させて描いた作品、もちろん嶋本氏の大砲絵画、1000枚のレールの写真作品、2つの映画を同時にひとつのスクリーンで上演、メールアートなどとにかくギネスにのるか、人にできないこと=作品っていう感じだ。

    今のアイデアばかりを追い求める現代アートの元ネタのほとんどが、見つけられるといっても過言ではない。

    人間なんて知能指数とか学歴とか血統の差で、考えることや能力に大差はないと思う。

    合掌

    写真:「AUの論理」嶋本昭三著 1980
    A069.jpg
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    エネルギーと死
    温暖化の冬は暖かくないのか?!

    野菜がメチャクチャ高い。ツライぞ。

    野菜チップスが人気らしいが、まだ試食していない。

    だから暖房とか、ちょっと油断するとゲゲゲっ?!の電気代になる。

    なので脱原発派として、自分の家も再生可能エネルギーにシフトした。

    といってもソーラーパネルとかじゃないヨ。

    ダンベル発電。

    寒くなったら筋トレするのだ!

    あまり持続しないからマメに発電しなければならないのがちょっとたいへんだけど。

    それにムリしすぎると発電機(筋肉)を壊してしまうから、なるべく軽めのウエイトで回数を多くする。

    そんなふうに陽が出ている時間帯は、再生可能エネルギーで暖房だぁ!!!

    ってなことで昨年、恐ろしいくらいに痩せたのが、かなり復活。

    自分にとってパフォーマンス用バディの維持も兼ねているから一石二鳥。

    筋肉記憶って言うのがあるらしく、一回鍛えられた筋肉は落ちるのも早いが再復活も早い。

    世界中、たいへんだ。アルジェリアの悲劇は青天の霹靂。

    災禍に見舞われた方々の、ご冥福をお祈り申し上げます。

    マリもシリア内戦はいまだ泥沼。そこに北朝鮮の核武装。

    世界中、無駄な死や争いがなくなることはない。

    つまり人間は、とても好戦的なのだ。

    アメリカの銃所持禁止令は無理そうだ。

    銃はいまだ西部劇の開拓魂=自由のシンボルだ。

    もし日本での銃所持が、アメリカ並みに簡単だったら殺人はメチャ多そうだ。

    きっとアメリカの比ではないと思う。

    自分だって、とりあえずあの姑息改革なKとTには、マグナム弾をぶっ放したい。

    そう思うとアメリカ人は日本人より我慢強い。

    というか、海外に住んだことのある人からよく聞くのは、

    見た目より欧米人は臆病らしい。

    ガタイのデカさと白人優越性がすり込まれているから錯覚しているのだ。

    日本人に限って言えば、あまり死にはこだわりがない。

    欧米文化、キリスト教文化は死生観に敏感だ。

    ダミアン・ハーストは何億円もするスカル・オブジェを作っている。

    欧米アートでエロスとタナトス(愛欲と死)はモチーフとしては外せない。

    日本のアートでは、基本的に心地よいものでないと、需要がないので好まれない。

    だから描かれない。

    ところで奈良時代くらいから、僧の修行で使ったという九相図という仏教画がある。

    それは小野小町みたいな絶世の美女?が死んで朽ち果てていく様子を描いた9枚綴りのイラストだ。

    今は美女でも、死んだら醜い姿になって朽ちていく、と修行僧たちはそれを見ながら煩悩を追い払った。

    獣が美女の腐肉を食らい、内臓がぐじゅぐじゅに飛び出し、ハエや虫がたかって、白骨化していく過去の美女。

    最近では、日本画家の松井冬子がそれを部分的に引用しているので、少しは知られているかもしれない。

    しかし、国という概念は必要であろうか? 

    もし国というモノが存在しなかったら、戦争も起こらないのだろうか? 

    それとも紛争という形で存在するのか? 

    九相図ではないが、死んで朽ち果てるのはいいが、

    生まれたときはすでに日本人という国籍を背負っていることに、

    それが万世一系ではないが、親がそうだからって、

    思想的にも思考的にも国の束縛から逃れられないことは、よく考えると、とても不思議だ。
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