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    • Contemporary Art 2.012展
      記事掲載
















  • 富岡八幡宮と日本語
    先週土曜は雨だった。一転、日曜は晴れ上がり、ウィークデイは渋滞する道路もガラガラ。心地よくペダルを踏みながらギャラリーへ向かう。

    途中、永代橋から隅田川の先に青空を突き抜くスカイツリーをカシャッ!

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    富岡八幡宮境内では骨董市がひらかれていた。

    聞くところによると第1、2日曜は骨董市で第3、4日曜はフリマだそうだ。骨董市でお宝探偵団で鍛えた目利きで掘り出し物を見つけるか!そういえばテカテカした古九谷があったなぁ。

    ところで個展初日、成功祈願のお参りをしたのだが、なぜか自分の前の参拝者が柏手を打たない。アレ?神社なのにナゼ?

    そして先週友だちとふたたびそばを通ったとき、自分がお参りしたのは隣にある成田山東京別院深川不動だったと知る。

    が〜ん!急遽、八幡様に成功祈願!

    っていうか、自分が思うに間違える方がおかしいかも。おおお〜神経が壊れはじめている〜

    しかし成田山の方がデカくないか?!それに建物が似ていて神社かお寺かあまり区別がつかない。

    まあいいか、神仏習合だ。

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    「日本語の年輪」(大野晋著 新潮文庫)に面白いことが書いてあった。

    〜美を表わす言葉は、クハシ(細かいものの美)、キヨラ(清らかなこと)、ウツクシ(細小)、キレイ(清潔)と入れ代わってきたことになる。日本人の美の意識は、善なるもの、豊かなるものに対してよりも、清なりもの、潔なるもの、細かなものと同調する傾向が強いらしい。これは中国では「美」が「羊」の「大」なるもの、「麗」が大きな角を二本つけた立派な「鹿」の意味から転じたことを思うと、日本語の大きな特色といえると思う。〜

    だそうだ。日本の絵の世界を眺めてみると言い得ていまいか。やっぱり現代美術でキレイで細かいネオ日本画という流れが人気を得るのはDNA的には裏付けられる。かたや西欧の現代美術は難しい、ということになるのも当然なのだ。

    細かい絵やキレイな絵を描く作家が多いのも日本の伝統美のとらえ方の結果なのだ。だからアートというと今でも疑問なく伝統美のとらえ方で解釈しようとするし、価値を見いだそうとする。

    余談だがカワイイは5、600年くらい前は「見るに堪えない」という意味だったそうだ。

    また本書より要約すると、「ヨーロッパ文化は美に対するとらえ方とは違う。たとえば自然という概念は古来ヤマト言葉にはなかった。なぜなら自然をひとつの物としてとらえず、とけ込み自分と自然の間に境界がない、人間はいつもまにか自然から生まれ自然に戻る、という考え方だそうだ。かたやヨーロッパは自然は、人間に役立つ素材としてとらえているという。」

    ゆえに日本では風景画も好まれる。近代ヨーロッパまで風景画の価値は低かった。一番が歴史神話画(ギリシャ神話、宗教など)、二番が肖像画(王様や貴族)、三番が風景画、最後が風俗画だ。ちなみに平安時代ごろの貴族たちには、のろいをかけられると言うことで肖像画は嫌われたそうだ。

    たとえば風俗画にあたるミレーの傑作「落ち穂拾い」は貧しい農民たちが収穫した後、自分たちが食べるため麦穂を拾い集めている情景だ。この絵の価値は当時の保守的な美術界に、あえてそういう貧しい農民の姿をテーマをぶつけたことが画期的だったわけだ。今は美しい、感動する傑作だけど、歴史に残った理由はそういう世界に光を当てたことにあったのだ。

    極端に言うと、日本人はミレーの絵に色合いの美しさ、自然と共生する人間に感動する。かたや西洋人はそういうテーマに挑戦した人間の英知や偉大さを理解した上で感動する。

    日本人と西洋人の友だち同士、この絵を前に「いいね〜、きれいだね〜」とお互い感動しても、脳内での反応する部位は違ったりするのだろう。

    あいかわらず増税命!という野田首相。政治はいつも不毛で苛立たされるが、政治を、マツリゴトとも言う。その「まつりごと」の意味も面白い。

    〜「まつる」とは物を差し上げるという意味だった。だから神に物を差し上げて願いごとをすること、それが「まつり」であり、「まつりごと」とは神に品物を捧げて豊かな生産安全を祈るというところに起源をもっている。
     だから日本の「まつりごと」とは、合理的な精神によって人民の集団を秩序づけるという発想ではなく、神に物を捧げて生産の豊かさ、自分たちの安全を祈るところにその起源がある。
     日本の「まつりごと」は、神へ物を差し上げることに発して政治を指すようになった。
    〜以上

    これじゃあ、政治家たちに民主主義を期待しても無理なわけだ。票を差し上げてまつりあげ、税金を差し上げてまつりあげ、官僚をまつりあげ、特別会計に税金を差し上げてまつりあげ、原発を差し上げてまつりあげ、税金を差し上げてまつりあげ!

    ってか、前にも書いたけど、「民主」の中国語の語源が、民の主=王様を意味するそうだ。だから本当の民主主義とは、王政・独裁なのだ。ということは差し上げる政治のマツリゴトこそ「民主主義」じゃないか!

    誰も官僚や政治家を神様とは思わないだろうが、潜在意識のなかに「お上」という洗脳はされているのだろう。

    贈収賄とか今までけっこう多かったのも、盆暮れの贈答も同じ根っこ。ちなみにアメリカン先住民(インディアン)の宗教儀式、ポトラッチも贈り物の儀式だ。やっぱりDNAはつながっている。

    言葉もあらためて探ってみると、日本人の無意識なところも見えてきて合点するからやっぱり言霊だね。

    さあ今週も感動を差し上げるぞ!
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    五日目
    個展5日目が終わった。

    最近、天気がいいので(本当は電車賃を浮かすため・・・汗)自転車でギャラリーにかよう。途中、永代橋から話題のスカイツリーを遠望に眺める。

    都内をチャリで走ると地名がまさにその土地を表していると実感でき、お〜青山、代官山は本当に山だ!渋谷、千駄ヶ谷は本当に谷なんだ!という具合。

    それで都心は以外と起伏が激しい。ミラノ、ニューヨーク、ロンドン、ベルリンとか世界の大都市は平坦な場所が多い。ちなみにベオグラードやイスタンブールは山あり谷ありで自転車は無理。

    ヨーロッパの都市の住所っていうのは通りの名前と番地だ。それはそれで趣や歴史も感じられるが、あながち地名も悪くない。ただ場所探しには通り名よりかはめんどうくさいかな。

    会場になるべく顔を出している。すると今日は約20年ぶりに会うイタリア時代の友人が尋ねて来たり、かならず誰かしらが来て盛り上がる。普段、なかなかディープなアートの話題はできないからとても楽しい。

    初日、1階のアースプラスギャラリーでエコカップコンペのイベントがあった。そこで運営&審査員たちのトークがあって、その一人、東京画廊の山本氏曰く、「コンペも5回くらい回を重ねると審査員や過去の受賞者の傾向を読んでそれに合わせたような出品作が多くなり、小粒になる」ような趣旨をお話された。

    それはある意味、賢いやり方だしコンペとかは受賞しなければはじまらないから当然だ。ちなみに自分が若い頃、自分もコンクールのたぐいはほとんど落ちている。それは自分はヘタだから、学歴ないし、と自虐ネタでごまかす。でも受賞発表までは、グランプリ間違いなし!とその後の華やかな人生の妄想でもり上がるのだ。

    いまはそれがロト6に変わったけどね、バカだよな〜(爆)

    ところで自慢じゃないがひとつだけ。若い頃、具体の創始者のひとり、島本昭三さんの主宰するコンペでは年間賞を頂いた。それで西ノ宮にあるギャラリーで個展をさせてもらったことがある。

    その作品は全長約30mの絵。都美館に展示したのだけど90cm幅のキャンバス地のロールを買ってきて大きな巻物を描くように六畳一間のアパートで制作できたのだ。

    悲しいかな、今もって同じ環境だぜぇ、、、。

    最近、いろいろ他のギャラリーや展覧会を見て、山本氏の意見と似た風潮が感じられるのだ。

    奈良村上系、会田山口系、船越三宅系とくくることはよくないかもしれないが(なんか
    反社会的勢力みたいだ)、それら元ネタみたいなものが読める作品に出会うことが多い。もちろんいい作品がないとはいわないが、なんかねぇ〜。もっと感性に届くような意味不明が欲しい。

    というか、こりゃ○○ギャラリーねらいかな、とか彷彿(ほうふつ)させちゃうのだ。自分は古い世代だから、引退しろ!って後ろ指ささって血まみれなんだろうが、アーティストたちが集まって流れを変える、ような時代はもうないのだろうか?ないのかな。。。。そういう時代は過ぎ去ったのかな。。。。(弱気ジャン)

    6、70年代はそういった時代。具体グループ、ハイレッドセンター、九州派など日本中、同じ方向性をもった連中が集まって声をあげ作品をぶっこわし暴れ回りパワーだけはあったのが懐かしい。

    とにかくお上の顔色をうかがっているような作品、できはいいのだろうが、精神性みたいなものに幻滅することが増えた。余計なお世話なんだけど。

    喜ぶ人がいてそれを提供する人がいて、業界も成り立っているのだから、ひがみにしか聞こえないかぁ。ダーウィンも、強い個体とは変化に対応できる個体だ、と言ってるしな。

    じだ〜いは変わ〜る〜♪変わらなきゃ!イエス・アイ・キャン!

    ところで今日は帰り道、銀座から新橋に抜ける途中、遠くからサンバカーニバルみたいな賑やかなドラムや嬌声にシュプレヒコールがまじったデモに遭遇(そうぐう)。

    警官隊が常につきまとっているけど、とてもピースなデモだった。ふとその中に写真家の友人が!

    実は彼とデモであうのが二度目。やっぱり原発、格差、シロアリ退治、増税反対! どうみても納得いかないことはどんどん訴えないと。

    気づいたらヒットラーみたいに民主的なプロセスで独裁を許す全権委任法案みたいのが成立しかねないから注意しよう。

    「芸術愛好家は作品から、自分の感情と着想の能力の強化を期待するので有り、両義的な享楽を期待するのです。
     作品はモデルに従うのではなく、現前しないものがあるということを現前させようと試みます。」

    「十九世紀から二十世紀の芸術において問題となっているものはいまだ決定されていないものが存在するということの証人となることです。」
    (「非人間的なるもの」ジャン=フランソワ=リオタール著 篠原資明・上村博・平芳幸浩訳 法政大学出版局叢書より)

    「それだから芸術的所産における合目的性はなるほど意図的なものであるが、しかし意図的に見えてはならない、ー 換言すれば芸術は、われわれが確かにこれを人工と知っているにもかかわらず自然と見なされねばならないのである。」
    (「芸術哲学入門)ジャン・ラコスト著 阿部成樹訳 白水社より)

    写真はデモ
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    日々雑感
    先週、土曜から個展がはじまった。

    予想通り作品の展示には大変だった。なにせピン打ち1200本以上。ひたすらトンテンカンテントコロテン。

    脚立の上り下りで足腰もバリバリでんせつ。以前、パブリックアートの設置をずいぶんしたので設営に慣れてはいるが歳には勝てまっしぇん。

    そんな状態だったが、なんとか丸二日の作業で納めることができた。

    やっぱり広い空間はいい!

    作品的にはもうちょっと広くてもいいいくらい。数点の平面作品が展示できずに。

    さっそくアート仲間がやってくる。みんなギャラリーの素晴らしさを口にする。

    レセプションではサクッと作品について語り、急遽、古武道の師匠が剣術披露をしてもらえることに。

    真剣でオレンジとビールの空き缶を一刀両断!スバラシイ!

    実は師匠、酔っぱらっているほうが試斬がうまくいくという酔拳なみの達人なのだ。

    いまは残念ながら経済苦で稽古を休んでいるが、日本の精神性を探るには刀は必須ですね。

    ということで「現代美術2.012」展よろしくお願いします。

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    ホルモン関根個展「現代美術2.012」

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    新たな現代美術の地平をさぐる試み。

    インスタレーション作品、絵画展示およびパフォーマンス上演。

    開催日時:2012年6月2日(土)〜6月24日(日)11:00〜22:00(月曜休廊)

    23日(土)18:00〜:クロージング・あおひと君パフォーマンス。(三味線:早乙女和完)

    〒135-0042 江東区木場3-18-17 2F gallery COEXIST-TOKYO

    TEL 03-5809-9949  Mail : info@coexist-tokyo.com

    http://www.coexist-tokyo.com

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    一部展示風景。床面は2012本の割り箸の作品。
    「愛」と「平和」は207点(=207カ国)のドローイングでインスタレーション。
    映ってないけど「幸福」もあるよ!
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    日々雑感
    深夜、大きな揺れがあった。

    まだまだ巨大ナマズは暴れている。

    シロアリ退治だっておぼつかないジャポン。政府が無理ならみんなでカンパしてイカリ消毒で駆除してもらおう。

    大気が不安定で急な雷雨も増えた。以前は夏の夕立だったのが5月まで早まって来た。それに竜巻も加わってますますアメリカに似てきたぞ。

    先週、渋谷のナンズカ&アイショウミウラギャラリーから隣の渋谷ヒカリエの8階にできたコヤマトミオギャラリーなどを回った。

    ギャラリーフロアーも超混雑。ダミアンハーストのドットプリントを展示。となりでは久々の登場、写真家アラーキー展だ。

    ダミアンハーストの作品は草間弥生と同様、カラフルな大きなドットを配した版画作品。さすが世界のダミアン!このドットはドラッグの錠剤を表していて、病んだ?現代社会を象徴しているともいわれる。

    日本家屋に飾るには手頃の大きさでエディション(印刷部数)がわからなかったが、40万弱で売っていた。それでも数えたわけではないがザッと見ただけでも50個以上の赤ドットが付いていた。

    実はハーストさん、ドラッグといいながら売却マークをモチーフにしているのだ。最近の現代美術トレンドはアイデア勝負の早い者勝ち!

    同じYBAs(ヤングブリティッシュアーティスト)のトレーシー・エミンも技法は、食卓をそのまま固めるダニエル・スペーリの空気感や社会風刺のショッキングなミクストメディア作品が有名なエドワード・キーンホルツなどに似ている。

    でも彼女のアイデアはもっとプライベートな世界を見つけ出す。それは自分の性生活だ。自分のセックスをした部屋をそのままホワイトキューブに移送、展示する。彼女がアート界で成功したときの性交数は100人はかるく越えていた。

    ある意味、空間をレジンで写し取る、同じターナー賞作家レイチェル・ホワイトリードのようなマトリックス(母型)がトレーシーでは”動き”という形に残らない、それも人間のかなり本質に近い性行動を母型にしたというところだ。当時ロンドンにいた作家たちはいい方向に刺激しあい影響しあっているなぁ。

    まあ、男女限らず風俗ではなく作品としてオナニーを見せたり、セックスをするパフォーマーはすでに何人もいたし、見新しくもない。彼女の上手かったのは、その形骸を見つけ出したことだ。

    ふとクールベのもうひとつの有名作品「世界の起源」という女性裸婦像(下半身のみ)を思い出す。この作品、実物はオルセー美術館所蔵だが、2008年チェコのトリエンナーレに出品したとなりの展示ブースに、これを引用したイスラエルの女性作家の作品があったのだ。
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    5分ほどの映像作品で、世界の起源の原寸大の静止画像に、気づかないほどゆっくり血が流れ出てくるのだ。そう生理なのだ。それがエスニックな女性ボカリゼーションサウンドをBGMに延々と繰り返される。

    トリエンナーレ会場には小学校の団体も課外授業でひっきりなしにやってきていた。小学校からこんな作品群に触れていたら現代美術に対する偏見が減り、興味を持つ人間がどれだけ増えるかうらやましい限り。

    それでこの「世界の起源」も小学生たちがスケベ心丸見えで写メしているから驚かされた。当然、先生や美術館の警備員もそれを咎めはしない。性に対する考え方は欧米と日本がかなり違うことは知っていたが、目の当たりにするとカルチャーショック。

    なんでもスタイルに落とし仕込んでアーでもない、コーデもない、と評論しがちだけど、これらもポストモダンの典型だといわれればそれまでだ。でも最近、このポストモダンの批判崇拝とコミュニケーション的転回に疲れと飽きが感じはじめたのは自分だけだろうか。

    さあ、今週土曜から個展です!スカイツリーはちょっと遠いけど眺めはいい木場。富岡八幡も近いし門前仲町・深川も下町情緒あふれた界隈を散策がてらいかがですか。

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    ギャラリーコエグジスト・トーキョー企画
    ホルモン関根個展「現代美術2.012」
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    新たな現代美術の地平をさぐる試み。

    インスタレーション作品、絵画展示およびパフォーマンス上演。

    開催日時:2012年6月2日(土)〜6月24日(日)11:00〜22:00(月曜休廊)

    6月2日(土)19:00〜:オープニング・レセプション/ギャラリートーク
    ※ウエルカムドリンク付き 

    23日(土)18:00〜:クロージング・あおひと君パフォーマンス。(三味線:早乙女和完)

    〒135-0042 江東区木場3-18-17 2F gallery COEXIST-TOKYO
    TEL 03-5809-9949  Mail : info@coexist-tokyo.com
    http://www.coexist-tokyo.com
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    日々雑感
    来週末から個展がはじまる。作品もできた。あとは会場でのセッティングだけ。

    ところが、これが大変な作業なのだ。腰には十分、気をつけないと。去年のスエーデン、二月のすどう美術館での個展で経験をつんでいるから大丈夫だと思うが、今回は広いからハンパの数じゃない。。。。

    韓国強いよな〜女子バレーのことです。

    スーパーアタッカーキム・ヨンギョン一人に負けた感じ。でもあそこまで勝利にどん欲になれる彼女はあっぱれ。あの気力・気迫は凄まじいなぁ。

    以前、戦士DNAが発見されたと聞いた。それはストリートギャング、アスリート、企業成功者などに多い共通したある配列だった。きっと彼女も負けず嫌い戦士DNAなんだろう。

    ちなみに女子バレーのタイがあんな強いとは知らなんだ。彼女たち健気でシャイな笑顔、いいよね。でもふとオカマバレーの映画を思い出してしまった。すみません!

    最近、個展の準備に追われ、なかなか哲学に浸ることができない。やっぱり超難解だから、かなりパワーがいるし気を落ち着かせないと次のページにすすめない。

    なので比較的楽に読めそうだった茂木健一郎+加藤徹「東洋脳x西洋脳」中公新書を借りてくる。

    ここ数年、海外での活動もあってか欧米文化のことばかりに集中していたけど、ふと中国は欠かせないと思うようになって手にとった。

    なぜなら、いろいろな外国ものの翻訳を読んでいるとやっぱり言葉の微妙なニュアンスの食い違いが気になる。

    特に、漢字には渡来当時の中国思想の燃えかすがたくさんこびりついているのではないか。いわゆるまだ生きながらえている言霊の呪縛(じゅばく)があるんじゃないか。そのへんをさぐってみたいようになった。

    ヨーロッパにいって現地の人から聞く中国人たちの悪評やそのバイタリティからくる軋轢(あつれき)に、それ見ろ!と内心ほくそ笑む自分がいることは否定できない。

    それは逆に言うと深層心理に、控えめ=消極的で基本、なんでもへりくだれば、自虐すれば許してもらえるという被害者妄想の傾向がある日本人にとって中国は、目の上のタンシチュー的存在かもしれない。

    そう思う自分は儒教思想にそまってんな。仁義礼智信の五常。あの孔子の生まれた中国で儒教思想はどこいった?!と考えるともうないそうだ。(加藤氏曰く)

    日本は仏教・中国文化を手本にして発展した。日本は翻訳文化とだ、と茂木氏もいう。韓国朝鮮も15世紀にカナにあたるハングル文字が漢字に対して表音文字として作られたという。

    銀座、表参道あたりにいくと大勢の中国観光客の楽しそうに買い物をする姿がまた増えた。みゆき通りの標識をみんなで写メする団体もいて、なんか微笑ましい。平安時代の逆みたい。

    ところで最近、ギャラリーをのぞくと作品が売れているのに驚く。リーマンショックからどんどん道元坂、柿の木坂、下り坂だったコンテンポラリーアート業界。(世界の現代美術市場は昇り調子らしいが)

    特に震災以降、不景気風が超大型カテリーナのように暴れ回って、風前のともしびだったアート業界を破滅させる勢いだったから、なをさらいい意味で青天の霹靂。

    でも以前のようなスーパーフラットなアニメ系や美少女系絵画はあいかわらずどこいっても目にするが赤丸はつかなくなった。そのかわりオーソドックスな抽象や具象的なものが売れている。(あくまでも個人的印象です)

    そろそろクールジャパン・アートも食傷気味か。でも自分的には売れている作品のクオリティをみると印象は悪くない。作家の名声やただキレイだけがとりえで売れている理由ではないように感じる。

    数万から20万円くらいまでの価格帯が調子いい。以前はバブリーなわけのわからない金額だったが、さすが最近は低価格帯でないと難しそうだ。

    数年前まで、わらっちゃうような高い値段つけていた作家がたくさんいたからね。院生の作品で数百万とか。というかやっとアート作品の価値も適正化しつつあるのではないか。価格とは需要と供給の尺度だ。でも需要はある、ということだからうれしい。

    今思うと当時の値段で売れた作家は今どうすんだろう?値段下げたらコレクターにサギになっちゃうジャン!自分は売れてなくてよかった(笑)

    ゲンダイビジュツも人々に浸透しつつ、感じる作品、いい作品は買う!という習慣もできつつあると期待しよう!

    最後はお金の話になってしまいました。すみません!

    追伸:これも儒教思想の影響かなぁ、、、日本人は儲けることや、お金にどん欲だと嫌われるよね?!でもこの国家戦略ってうまくできてる。封建社会には必須の奴隷心理掌握法だ。
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