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    • Contemporary Art 2.012展
      記事掲載
















  • 自由と平等
    哲学は難しい。若かりし頃、背伸びしてカタ苦しい原書翻訳などをわかったつもりで読んだが、実は何もわかっていなかった。なのでこのごに及んで入門・解説書的な比較的簡単そうな著作を片っぱしから読みあさる。すると夜がうっすら明けるように彼らの難解だったメッセージが浮かび上がってくる。

    もちろん哲学者になろうと言うわけではないので自分の興味、関心のあるテーマに偏(かたよ)っているし、わかってきたと言っても概略の概略?くらいの意味だ。だから初心者すぎてわかりきったことかも知れない。異論やあやふやな部分もあると思うけどお許し願いたい。

    <人間にとって自由とは何か?>近代哲学における重要なテーマのひとつだ。

    一般的には「我思う、ゆえに我あり」という有名なコトバ(命題)を残したデカルトがヨーロッパ近代哲学の扉を開いたと言われている。その根拠のひとつがキリスト教的支配からの分離・解放だ。

    つまり自分って神様の僕(しもべ)だと信じていた人たちが、ほんとうは自分っていう人間なんだよね、と気づかされたのだ。今思えば当たり前のことなんだけど、中世ヨーロッパまでの人々にとって「自分」という意識や感覚は、我々現代人が思う「自分」とは意味や意識や役割が違っていたはずなのだ。

    長くキリスト教的世界観と超人的な王や圧政者たちの支配下で生きた中世ヨーロッパの僕たち。神がいなかったら生きていけないと信じていたから、神を信じることが絶対幸福だと思っていたから、それこそ信仰をはずれると地獄で現世以上に苦しめられると信じ込まされてきた「自分」だ。そんな中、一部の自分たちは貧困と疫病と横暴で無慈悲な執政者や高圧的権威に強制された宗教的人生に矛盾を感じモヤモヤした違和感を感じていたに違いない。

    例えが飛躍しすぎかもしれないけど、そんな状況を現在の我々におきかえると、人類は地球外からやってきた宇宙人だったのだ、というくらい突拍子もないことだと思う。そんなことを今は誰も信じていないだろう。ピラミッドもストーンサークルもやっぱり宇宙人の知識によって作られていた、なんて証明されたら我々はどう思うだろうか?(あまり変わらないかな?)

    なにしろ中世の人たちは大陽をはじめ宇宙は地球を中心に回っていた、とほんとうに信じていたのだから。ちなみに地動説で異端裁判にかけられたガリレオがカソリックに復権したのはなんと約350年後の1992年だった。

    哲学者やアーチストはそんな時代や世相を人一倍の感性と好奇心と実行力で、来る世界へ一点突破を仕掛ける人たちだ。哲学者はその辺のモヤモヤ感をコトバの魔法で真理や理論に作り替える専門家なのだ。ヨーロッパでは引き続きルソーという民主主義を打ち立てた天才が登場。一般意志や社会契約というコトバを使い自由と平等の意味を持ち出して国家や個人の価値が急上昇。さらにカント、ヘーゲル、ニーチェ、マルクスなど教科書の常連たちに受け継がれブラッシュアップ。途中、その実践がフランス革命にたどりつく。

    しかし、やっぱり自由や平等ということはコトバではわかるようになったけど自分たちの外で起こっていることと言えば哲学者の主張する世界とはほど遠い。戦争は繰り返されるし、せっかくフランス革命で市民が自由・平等を勝ち得たはずだったのに恐怖政治になったり、今度は金持ちと貧乏人の格差が生まれる結果となる。

    自由=平等ではなかったのだ!!!

    というのは自由とは何か?と問うとき、自由とはモノを所有できる権利がある、ということがキーワードのひとつだった。人は欲しいモノを自由に持つことができる、ということを自由の必須条件(与件)にしたのだ。

    自由を満喫したいがためモノを持つ。それはつまり平等な社会の証だ。でも万人が同じようにモノを持てるようにならなかった。お金の多寡に差がでてしまうと平等が成り立たない。つまり今度は違う方面から格差が生じてしまったのだ。

    自由と平等のアンチノミー=二律背反(にりつはいはん)だ。民主主義をいくら主張しても、平等は成り立たないという現実。民主主義を訴えるなら平等はあきらめなきゃいけないという、もうひとつの原理原則が混じり込んでしまった。

    それまでは王とか教皇とか血筋や権威が格差の根源だったのが資本家にすげ替えられただけだった。日本ではマルクスはスターリンとソ連とか共産主義の失敗であまりいいイメージがなさそうだが、哲学の世界では評判はいいらしく、自由=平等の不一致を指摘していた。

    そして戦後、それら近代社会の大きな反省からポストモダンという国家、市民社会、個人の自由、などのそれら概念は終わった、という考え方が台頭した。今ではそれさえ終わったらしいけど時流が早すぎるよね。(ポストモダニズムについては研究中)

    では「自由なき平等」=社会主義と「平等なき自由」資本主義から、「自由と平等」が両立できる社会へ、と世界は進んでいくのだろうか?「自由も平等もなき社会」にまた後戻りしてしまうのだろうか? それとももっとバーチャル化が進み「自由と平等のあるゲーム的社会」にでもなるのだろうか????

    もちろん哲学で言う自由とか民主主義とかはこんな簡単で単純な構造で解明されている訳ではない。複雑怪奇なコトバの洪水で硬く結晶化されている。それに多種多様な要因副因因果の青ビニールテープがからまっていて一筋縄ではいかない。

    デモでもデモ!おおよそ、こんな流れではあると思う。さらに人間の欲望の真理や相互承認の捉え方なども併せて理解すると思想世界ももっと奥深くなるので折りに触れて書いてみたい。

    最近読みあさった本の中では、竹田青嗣氏や西研氏がわかりやすくてよかった。「近代哲学再考」竹田青嗣著/径書房、「ウイトゲンシュタイン「私」は消去できるか」入不二基義著/NHK出版、「ヘーゲル・大人のなり方」西研著/NHKブックス、道の手帖「ヘーゲル入門」河出書房新社、「現代哲学入門」 西脇与作著 慶應義塾大学出版会、「ニーチェ」神崎繁著/NHK出版などなど。

    ところで、代々木公園を散歩すると園内の舗装工事は4月一杯続くとのこと。恒例の花見スポット一帯にもコーンやらサクでバリケートされていて今年の宴会はすんなり開催できるかどうか心配になってくる。それに例年だったらすでに先走り開花もチラホラ見られるのだが今年は全くない。ネット情報だと東京の開花は30日、見頃は7日から12日だそうだ。http://sakura.weathermap.jp/

    写真は昔の作品(1985年)
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    ギリシャとハンガリーそして裏経済
    とうとう花粉症にかかったかな。急に鼻水がでたり涙が流れる。でも生活に支障が出るほどではないのでほっといている。花粉症も放るモンだ!といいながら頭の隅には放射能被ばくかも、という懸念がぁ、、、。

    消費税増税法案も今国会提出は流れそうだ。ネットで知る限り賛成する意見はほとんどない。詳しいことは専門家に任せるが、とにかく野田総理が選挙活動で一生懸命、訴えていたシロアリ退治を先にして欲しい。

    とにかく官僚権益という不夜城が砂上の楼閣となるのかスカイツリーになるのか、せめぎ合いまっただ中。でもその外堀が少しづつ崩れはじめている気がするのは楽観的すぎるだろうか。これが今の思考、知の世界でいう集合知とか一般意志とかネットワーク的転回の効果なのかは、わからないけど。

    101匹目の猿じゃないが、一人一人の意識が同調する、シンクロしていることはなんとなく感じられる。でもそれは決して自分の理想に近づくことではないことと、肝に銘じておかなければならない。

    官僚政治と言われ久しいが、昔、建設・土木関連の小さな設計会社で官公庁相手の仕事にかかわっていたのでその実態は経験した。官公庁発注の仕事はとにかく利益率がいいのだ。

    時効だから言っちゃうが、弱小企業にかかわらず談合、接待などはよくあった。もちろん、そんな悪さばかりしてた訳ではないことは強調しておく。とにかく日本全体を見るとスバラシイ世界的な仕事も同時にやっているのだが、悪い面を引きずることもあって、それが箱物行政、公共事業関連では日常茶飯事だったのだ。

    高度経済成長のころは大きな現場の所長クラスになると取引業者の賄賂で家が一軒、建ったと当時、聞いた。設計単価とか積算表とか価格も横並びになって業者全体に不公平感がでないようにシステム化されていた。ある意味東電の総括原価方式(原価と必要経費以外に粗利を上乗せした料金設定)に似ている。つまり東電は個人に対しても役所単価でやっている、ということなのだろう。

    国と国民全体がバブルまでのように潤っていたら見て見ぬふりができた。しかしこれほど世界的構造不況になってしまい格差が広がり先が見えないと、もう同じ仕組みではたちゆかない。

    最近、ギリシャのデフォルトがマスメディアをにぎわしていた。留学してギリシャという国民性を知っている者にとって観光とオリーブ油収入くらいしかないギリシャがEU加盟したことが信じられなかった。案の定、借りられるだけ借金して返せません〜、と言う結果に。

    ところでギリシャやイタリア、スペインなどはGDPに計上されない経済活動がすごくある。これをシャドーエコノミーとか裏経済、非公式経済とかいい、公表されない経済活動を指す。その推計にはドラッグ、売春などの地下経済も計上。ギリシャがトップの30%、イタリアは27%。日本は10%強だが、アメリカより高い。

    だから裏経済で稼げるんだから個人としては国がどうなろうと片腹痛まないのかもしれない。自分が留学中、観光ガイドの仕事をたくさんしたが、観光客の買うお土産代は相当な額だった。でもお店は当然、値段も帳簿もいい加減だからちゃんと税金なんて払っていなかったと思う。

    それと当時は自分たちみたいな学生バイトでもオミヤゲ屋に団体客などを連れて行くと売上から10%のキックバック(紹介料みたいな分け前)がもらえた。ちなみに団体バスの運転手と同行しなくてはいけない免許を持ったギリシャ人ガイドにも同じ一割づつ払われていた。つまりオミヤゲの値段なんてあってないようなものだったのだ。

    ギリシャだと安っぽいオミヤゲしかなかったからそれほど売上額はいかなかったが、ローマなどブランド店を多く抱えた観光地だと莫大な報酬になったらしい。チップの習慣は現在、ヨーロッパではほとんど必要なくなったが、当時はまだ日常的に残っていたからホテルの従業員だってチップでかなり稼げたはずだ。

    それとギリシャにはオナシスやニコラスなど有名な海運業もある。でも登記上はリベリアとかタックスヘヴンなどの外国企業になっているため自国の利益になっていない。

    日本に目をうつすとパチンコ、風俗、宗教法人などがかなり占めていそうだ。この辺にもメスをいれれば数兆円規模で税収が増えるのだろうが、政治家も官僚も命にかえられないのだろうし、税金かけるということは公認することだから民意を考えてグレーのままで放置プレイしかないか。

    スウェーデン、デンマークなど一見、清廉潔白に見える国も税率の高さの影響なのだろう、けっこう裏取引は多い。だからなのだろうか、昨年、訪れたときキャッシュよりカード支払いが浸透していて現金だけでは旅行できないくらいの印象だった。

    公衆電話すらカードだったりするし、キャッシュで払えるような窓口はすぐに閉まってしまう。つまりお金の出入りがハッキリ見えるようにするためだ。これからもっとキャッシュレスにするそうだから旅行者はカード必携です。詳しくはhttp://www2.ttcn.ne.jp/honkawa/4570.html

    贈収賄の推計もあった。この数値もシャドー経済とリンクするのか、ギリシャが一番高い。次がメキシコ、ハンガリーと続く。http://www2.ttcn.ne.jp/honkawa/2788f.html

    ところで今年の秋、ブダペストの大きなギャラリーで個展が決まっている。ハンガリーとは在日大使館をはじめ仲がいい。ハンガリーはとても面白いし東欧の真珠ブダペストはとっても美しい街だ。

    リスト、バルトークなど音楽家をはじめ、ノーベル賞受賞者の人口比は世界一だし、科学者を筆頭に世界で活躍するハンガリー系移民は枚挙にいとまがない。そのあまりにも抜きんでた頭脳を持つので、ハンガリー人は宇宙人だ、という噂まで流れたという。コンピュータの父フォン・ノイマン、ジョージ・ソロス、ルービックキューブのルイ・キュービックなど数え切れない。

    それほど優秀な国民だが、自殺者は人口10万人に対する比率は日本より高い(詳しくはhttp://www2.ttcn.ne.jp/honkawa/2770.html)し、シャドー経済や汚職・贈収賄率もどれも世界トップクラス。日本の人口の10分の1にも満たないハンガリーは良きも悪しきも興味をひく国なのだ。ちなみに1位はロシア、韓国がなんと世界2位!

    確かに不正行為、違法行為はよくないが、イタチごっこのように悪い行為をすぐに法律で囲い込む状態がつづくとどうなるのか少し不安だ。自由が不自由を生み出すパラドクスに陥って、生きることの本当の意味がどんどん違う方向に進んでいきそうだ。

    なんか忘れた頃にやってくる自然大災害はそんな人間の本性を目覚めさせる試練だと思えてきてならない。少し暖かくなってきた。日差しも強くなってきた。やっぱり春はイイネ!

    写真は2008年ブダペストオペラギャラリーでのパフォーマンス。
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    桜の樹の下
    昨日3月17日はセント・パトリック・デーだ。5世紀ごろ、キリスト教をアイルランドに広め後に聖人としてまつられた聖パトリックの命日である。緑色のマントや衣裳をまとい世界各地でイベントが催される。

    昨年は震災により中止になったが表参道でも毎年、大々的なパレードでにぎわう。シカゴでは川をバスクリン(ウソ!フルオレセインという薬品だそうだ)で染めて緑色にしてしまったり、緑色のビールを飲んだりして祝うのだそうだ。そもそもアメリカに移住した大勢のアイルランド系市民が18世紀ころからはじめた行事だという。

    もうアメリカ・ワシントンの桜は満開とヤフーニュースに出ていた。異常気象のせいと言うが、今年の関東地方は、逆にかなり遅れそうだ。先週、代々木公園を散歩したら、つぼみが大きくなってきてはいたが。ところで園内工事が気になった。毎年、花見宴会が一番集まるスポット周辺で大がかりな土木工事がされていたのだ。満開のころには終わっていて欲しい!

    ところで檸檬(れもん)という小説が有名な梶井基次郎の散文詩に「桜の樹の下には屍体が埋まつてゐる」と言うのがある。昭和三年に書かれたこれも有名な散文詩だが、久しぶりに読み返すと何とも言えぬ感覚的でエロティックな世界に驚いてしまう。

    「桜の樹の下には屍体(したい)が埋まっている!
     これは信じていいことなんだよ。何故(なぜ)って、桜の花があんなにも見事に咲くなんて信じられないことじゃないか。俺はあの美しさが信じられないので、この二三日不安だった。しかしいま、やっとわかるときが来た。桜の樹の下には屍体が埋まっている。これは信じていいことだ。」

    で始まり、最後の方にこういうフレーズもある。

    「お前は腋(わき)の下を拭いてゐるね。冷汗が出るのか。それは俺も同じことだ。何もそれを不愉快がることはない。べたべたとまるで精液のやうだと思つてごらん。それで俺達の憂欝は完成するのだ。」
    (インターネット図書館青春文庫よりhttp://www.aozora.gr.jp/cards/000074/files/427_19793.html

    彼がゲイだったのか、それともこれは意味深長な暗喩なのかは詮索する必要はまったくない。スバラシイ文字世界だ!なんともいえない隠微なコトバがかもし出す少女のようなか細い震えが普遍的な精神世界に昇華されている。これじゃ、かの天才プラトンだって詩の力を恐れて排斥するよね。

    自分たちの世代にはモロ見えAVよりもこういうエロティズムのほうが興奮するかもしれない。なんか若かりし頃、友だちから借りてこっそり楽しんだスクリーン別冊か、ロードショウかどちらで読んだかは忘れたけど、プルーストの小説を読みながらオナニーする少年の話があった。さすがプルーストで抜けるほど創造力はないなぁ(笑)

    坂口安吾も戦後まもなく「桜の森の満開の下」という短編を残している。これはシュールで寓話的ストーリーだ。ところで今、桜葬というのがあるそうだ。(http://www.endingcenter.com/sakura/)エンディングセンターという、とてもわかりやすい名前のNPO法人が主催している。恐らく梶井の作品から設けられたのだろう。つまり墓石や墓標が桜の樹なのだ。

    自分だったらさしずめ、青テープ葬かなぁ。エジプトのミイラのように青テープでグルグル巻きにして、、、。でも献体登録しているから一応、医学生たちの解剖教材になっちゃうんだ。

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    デモと東大話法
    今日はU23オリンピック予選。なでしこジャパンに続け!

    ところでツイッターにスパムメールが急に来るようになった。フェイスブックも新しいタイムライン・インターフェイスになった途端、アクセスがメチャ遅くなった。

    単純に端末PCの互換性の問題(マックPC)のせいなのか、先週末、増大した大陽風のせいなのか、トラフィックの急増で対応できなくなったか、闇の検閲ソフトのせいなのか、真相はわからない。

    去る3月11日の午後から少し晴れ間ものぞき、知り合いの個展の最終日だったので顔だけでも出そうと自転車で銀座へ向かった。

    途中、半蔵門手前当たりから急に警官の数が増えはじめる。なぜか日曜にかかわらず厳重、警備中だ。

    かけ声が聞こえた。とともにデモ行進が近づいてくる。反原発を訴えている。少人数のグループですぐに通り過ぎる。するとまた遠くからシュプレヒコールが聞こえてくる。今度はかなり長い隊列のデモだ。

    みんな一緒に盛り上がればいいと思うが、よく見ると、宗教団体系だったり労働組合系だったり。反原発でも一緒に反対できないのも押し迫った危機感がないせいか。

    小さい頃、安保デモを目の当たりにした印象から言うと、当時のデモは戦いだった。投石やら催涙ガスやら市内戦さながらの切迫感があったが、今のデモは団体旅行のような気楽さと各人のテレがうかがえ、それはそれで平和的でいいと思う。

    後から311の夕方、人間の鎖で国会を囲んだ、と知る。夕方、国会の近くを通ったとき、大きなデモ行進が国会方面に進んでいたから彼らが鎖を築いたのかもしれない。

    しかし日本中、反原発デモなどが繰りひろげられているのにマスコミは相変わらず見て見ぬふり。たぶん一度でも過激な行動やら暴力事件に発展したら、デモグループを悪者に仕立て上げ、一斉に集中砲火を浴びせるのだろう。

    そのかわりに、震災被災者の悲劇ばかりを放映する。そこには政府の怠慢や遅延する復旧対策や原発事故責任をウヤムヤにしながら、怒りの矛先を同情論と差し替え、責任の所在を闇に葬ろうとする姿勢がミエミエ、、、ところで山口美江さんのご冥福をお祈り申し上げます。柴漬け食べたい!はまだ覚えている。

    セシウム、ストロンチウムはカリウム、カルシウムに似ているので体内に入ると、それらの過剰摂取と同じ症状がでると複数の専門家は忠告している。ガンは発症に時間がかかるが、セシウムなどの過剰摂取による心臓系疾病は早くあらわれ被ばくとの因果関係が疑えるのだそうだ。

    ところで「ベンゼンより高影響=内部被ばく推計、東京の発がんリスクー東大」という記事が一昨日、時事通信から発せられていた。東京は被爆リスクはほとんどないよ、みたいな報告だ。

    まず推計である、実地調査ではない。それに「厚生労働省や東京都が公表している水道水や乳製品、野菜などの放射性物質濃度を基に、・・・」とある。???厚労省と東京都の調査が正確な測定値という仮定に基づいた机上の計算だが、時事通信がニュースにするともっともらしく信憑性が増すから、マカ不思議。
    http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20120312-00000127-jij-soci

    もしこれが「ベンゼンより高影響=内部被ばく推計、東京の発がんリスクー大東大」だったらどうだろう。(大東大関係者の皆様、お許しを!)

    論文を孫引きフレーズを集めて書いたことと同じである。東大、厚労省、東京都の資料だから嘘はない、と今までは信じてもらえた。しかし311から一気にこの神話は崩れていると言いたい。

    私たち関東以北の人たちは福島県民の方々ほどではないが、被ばくの無言の圧力を受けている。不安な気持ちは体の奥底に日々、積もり続けているのだ。子供のいる家庭は笑い事では済まされない。

    最近、安富歩の「原発危機と「東大話法」という本が話題になっている。原発事故から触発されて書いたと言う。その話法を20の法則にまとめている。というか20個もあって法則とは言えないだろうが、児玉龍彦氏と同様、怒り心頭なのだろう。

    1:自分の信念ではなく、自分の立場に合わせた思考を採用する。
    2:自分の立場の都合のよいように相手の話を解釈する。
    3:都合の悪いことは無視し、都合のよいことだけ返事する。
    4:都合のよいことがない場合には、関係のない話をしてお茶を濁す。
    5:どんなにいい加減でつじつまの合わないことでも自信満々で話す。
    6:自分の問題を隠すために、同種の問題を持つ人を、力いっぱいに批判する。
    7:その場で自分が立派な人だと思われることを言う。
    8:自分を傍観者と見なし、発言者を分類してレッテル張り氏、実体化して属性を勝手に設定し、解説する。
    9:「誤解を恐れずに言えば」と言って嘘をつく。
    10: スケープゴートを侮蔑することで、読者・聞き手を恫喝し、迎合的な態度を取らせる。
    11:相手の知識が自分より低いとみたら、なりふり構わず、自信満々で難しそうな概念を持ち出す。
    12:自分の議論を「公平」だと無根拠に断言する。
    13:自分の立場に沿って、都合のよい話を集める。
    14:羊頭狗肉。
    15:わけのわからない見せかけの自己批判によって、誠実さを演出する。
    16:わけのわからない理屈を使って相手をケムに巻き、自分の主張を正当化する。
    17: ああでもない、こうでもない、と自分がいろいろ知っていることを並べて、賢いところを見せる。
    18:ああでもない、こうでもない、と引っ張っておいて、自分の言いたいところに突然落とす。
    19:全体のバランスを恒に考えて発言せよ。
    20:「もし○○○であるとしたら、お詫びします」と言って、謝罪したフリで切り抜ける。

    だそうだ。

    写真は「AP013」78cm x 108cm、水彩紙にグワッシュ。
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    311をむかえて
    黙祷。

    一年が過ぎた。今だ余震は続いている。一昨晩も震度5弱の地震が茨城北部を襲った。

    マスコミでは盛んに被災者の悲哀、復旧の様相を放映。被災された方々の悲しみ、ご苦労は計り知れない。本当に運命のはかなさ、自然の脅威、人間の非力さを思い知らされた出来事だった。

    ところでナショナルジオグラフィックではさっそく福島第一原発事故のドキュメンタリー番組を制作している。IAEAやNRC(アメリカ原子力規制委員会)の現地調査の記録もいれながら日本政府の一連の対応や事故原因などを再現、検証していた。

    番組内では東電の政府などへの情報隠蔽、福島第一の旧式増殖炉の欠陥、天災によるリスクマネージメントの甘さなどを指摘。なにせ2002年ころに検討された地震による災害シミュレーションの結果、今後30年間、大きな津波は来ない、と判定したというのだから恐れ入る。専門家でも地震予知は年幅くらいでも困難と言明しているにかかわらずだ。

    海外のマスコミは原発事故に対して数々の人災を指摘しているにかかわらず、国内で責任の追求はほとんど聞かれない。猪瀬副知事や上田埼玉県知事の東電の企業向け電気料値上げに対する抗議もポーズにすぎないのだろう。電気料は経費プラス3%の利益は確保されている総括原価方式という価格設定にかかわらず個人向けも追って値上げるらしい。

    当然、電気事業の自由化を考えてしまうが拙速は危険。なにせアメリカではエンロン事件がある。エネルギーを債権化して大停電を引き起こした事件だ。自由化するとTPPがらみで美味しい市場になる。郵貯がなかなか民営化できないなら先にこっちでいくか!おそらく青図はできているのだろう。

    話が飛んだが、当然、日本のマスコミでは作れない内容だ。欧米、とくにアメリカはいきすぎた資本主義、軍産複合体にみる好戦性、影の支配者による陰謀論など批判も多く耳にするが、なんか国としては全体的にバランス感覚の良さを感じてしまうのは自分だけだろうか。

    それが宗教のせいなのか、多様な国民性のゆえかは知るよしもない。とにかくアメリカに長く住んだ経験があるわけではないので偉そうなことは言えないが、日本よりは平等に見えてしまうし独裁国家的には感じられないのだ。少なくとも政府官僚上層部が大統領とともに入れ替わる部分だけでも見習った方がいい。

    日本国民は仏教&儒教の影響なのだろう、とても謙虚、悪く言えば服従好きのため、お上にもの申せない。その上、士農工商の歴史も長く、外国植民地支配もない中、階級制度が身に染みつき、大多数の平民(武士は7%くらいしかいなかった)には”おしん”じゃないが忍耐や和が美徳としてすり込まれてしまった。海外からも絶賛された311当日の都内のあの秩序だった光景は日本の誇るべき国民性のなせる技だ。

    今、思うと「男は黙ってサンパウロ・ビール!」なんてコピーが大受けしたことも合点がいく。黙った男が評価される国なんて他にはないだろう。それは反面、独自な文化で素晴らしいのだが、これだけグローバルスタンダード、ワールドワイドになったらそうも言ってられない。和洋折衷とは言っても性格と行動は別々にはできない。

    最近、震災当時の政府、原発の実態がマスコミにのぼり初めた。急に今頃、言われても、の菅じゃない、感がある。貯蔵燃料棒だらけの第4原子炉の安全性だけでも伝えて欲しい。なにせここも偶然、修理が遅れたせいで最悪の事態を免れていた、と言うではないか。

    被災地のがんばっている姿を見せることで、みんなで絆を確かめ合い、より早い復旧を願うのは当然のことだが、政府や東電、関連機関、専門家たちの責任の検証、原発リスクの公表などなど、改善を促すような番組がもっと放映されるべきではないか。メディア勢力図の変化で売上げが減り、もはや政府と従米とお笑いプロダクションの広報担当になりさがってしまったマスメディアに求めるのは酷というものか。

    なんか消費税増税をこれほどまでに推し進めているのは今後、増え続けるガン患者を見越しているのか、と勘ぐってしまう。それにこの混乱に乗じて進めている社会保障と税の一体改革というのも危なさそうだ。マイナンバー法なんて親しみある名称で呼ぶ国民識別番号制もいかながなものか。国民年金、健康保険など国税庁管轄になったら強制徴収になる可能性もあると言う。

    こうやってどんどん青テープで縛り上げられていくあおひと君増殖計画、着々進行中!

    なんでも隠ぺいし後で、実はホントとはこうだった、とかもう止めてよね。犬の遠吠えのごとくウダウダるーが言ってないで、自分たちがもっともっと意識を変え行動につなげていかなきゃ、ダメなんだろう。

    でも日々の生活に追われ(追われるような仕組みになっている)ゲームやアイドル、お笑いで時間をとられていたらそんな余裕ないし、ますます格差社会になり、富裕層は当然、今の地位を保ちたいがため政府官僚のやることは黙認するし、反面、平民層は、現実に追われ、もの申す暇もないし活力もわかなくなり、お上にとってイケイケどんべえ、洗脳しやすく扱いやすくなっていく。まさに3S(GHQが持ち込んだスポーツ、セックス、スクリーンによる洗脳政策)効果の面目躍如。

    ところで最近読みたいと思った本に、岡田斗司夫著「評価経済社会ーぼくらは世界の変わり目に立ち会っている」がある。さっそく図書館で借りようと思ったら、なんと17人も予約がいた。アマゾンの中古でもまだ高い。内容はアマゾンレビューでは賛否両論、「フォロワーが100万人いるひとなら1億円を稼ぐのは難しくない。逆に、1億円を持っていてもtwitter のフォロワーを100万人にするのは難しい」、というフレーズが示しているように価値観がお金から違うモノ(評価)に移っているそうなのだ。

    こういうことを言うと、でたでた!貧乏人の言い訳。だから金持ちになれないんだよね〜、クっククっクっ〜青い鳥〜♪という反論がすぐ返ってきそうだ。でもね、リーマンショック以降、特にお金至上主義を疑う人たちが増えていることは事実だし、人間はとてもグリーディ(どん欲)だからお金が生み出す価値観に飽きてきたとも言えるのだ。

    英語教育はなんども書いているけど、日本人自立防止策の代表例だが「男は黙ってサンオイル!」も立花隆の「田中角栄研究」(ネット上ではCIAがらみの陰謀だ)、安達祐実の「同情するなら金送れ」も、すべて仕組まれたと思えてくる。振り込めサギも預金封鎖をしやすくするためとも言われているし、なんかすべて疑心暗鬼になる今日この頃。

    よくないなぁ〜さみしいなぁ〜。

    20世紀は急激な科学の発展で確かに生活は豊かになり世界観が広がった。でも先回も書いたように科学は思想ではないので倫理感がともなわない。どうしても人間の尊厳などは排除されてしまう。やっぱり霊界が哲学的に証明されて科学的に発見されて、嘘や悪計が霊次元からはすぐに確認できるなんてことになったら面白いのに。

    ところで嘘というコトバ(行為)がなくなると人間の言動はどうなるのだろう?あり得ない?!
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