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    • Contemporary Art 2.012展
      記事掲載
















  • 個展雑記-1
    今日もメチャ寒いじゃないか!梅の開花が1ヶ月遅れだそうで花見と一緒にダブル花見になりそうだ。

    先週土曜から個展がはじまった。初日はいつもの通りパフォーマンスをサクっと上演。ラセン階段を使って面白い演出ができ、お客さまたちも喜んでいただけたようで、ひと安心。

    昨年のスウェーデンで発表したコトバ・シリーズの新作やドローイング、旧作の油絵を展示。小田原ケーブルテレビの取材もあって火曜に放映。自分は残念ながら見られないけど。

    会場のすどう美術館は小田原から小田急線で3つ目の富水駅からすぐ。富士山の眺望よい静かないいところにモダンな住宅を美術館に改装、展示室3部屋の、こじんまりした現代美術のプライベート・ミュージアムだ。

    以前、銀座や町田でギャラリーを運営されてた館長ご夫婦が5年ほど前、現在のところにオープン。昨年は小田原市などと組んで世界中からアーティストレジデンスも招待した大きなイベントを主催したり、5月には震災被災地にいってボランティアをするなど精力的にアートを巻き込んだ活動をされている。

    富水というから水がよかったのだろう。となりは蛍田と栢山という地名だから、昔から自然の豊かなところだったと伺わせる。また栢山は、江戸後期に活躍した思想家・農政家の二宮尊徳の生誕地で記念館や名所も点在する。

    彼は幼名金治郎と言い早くに両親と死別、苦学苦労して出世していく。逸話がいろいろ残っているが勤勉、真面目、努力家の手本となり、戦前、国策がそれをうまく利用した様子も若干、感じられる。

    昔の小学校の校庭には必ず薪を背負いながら読書をする彼の彫像が立っていたものだ。ウィキペディアによるとその彫像の高さが1メートルと決まっていたそうで生徒たちに1メートルを実感させるに一役買ったという。知らなかった。でも本人は90kg超で1.8m以上のかなりの偉丈夫だったようだ。そう言えば足柄山には童話で有名なクマを倒した金太郎の史跡もある。

    来館者さんたちといろいろ芸術談義もでき昨日は日本画の作家さんとその世界のいろいろな裏話で盛り上がる。でもアーティストが集まると最後に必ず行きつくところが、生活と創作活動の両立だ。

    欧米ではもはや生活必需品みたいな現代美術。もちろんそんな簡単な世界ではないが、マーケットはある。日本では実際マーケットが成り立たない。まだまだ砂上の楼閣の感が否めない。また何回かブログでもグチっているけどその認識&理解度と閉鎖的社会性。

    政治や官僚制度と一緒でいくら愚痴っていても変わらないから、あまり考えず悩まず前に進むしかない。でも徐々にだがよくはなっていると思う!がんばろう!アート界の二宮尊徳になろう!自分の場合は薪じゃなくて青テープの束を背負ってだ。

    そんなこんなで現代美術は止められない。

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    日本一小さな現代美術館すどう美術館企画

    「 神 話 」 ホルモン関根絵画展
    記憶のあいまいさ、多重人格な世界と洗脳された幸福論からの旅立ち

    会場:すどう美術館 http://www.sudoh-art.com
    日時:2012年2月25日(土)〜3月 4日(日) 11:00 〜19:00
    住所:神奈川県小田原市堀之内373 TEL0465-36-0740

    ※入場無料 2月27日(月)休館 最終日3月4日(日)17:00まで
    ※オープニング パフォーマンス パーティ :
     2月25日(土)15:00〜/入場無料 共演:早乙女和完

     作家在館予定 3月3、4日午後
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    写真は第1展示室の新作ドローイング。
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    今年は寒い!
    今年の冬は寒い。ヨーロッパも厳寒、でもアメリカは超暖冬という。

    今週土曜から個展だ。とりあえず制作も完了!

    今回の会場は小田原から小田急線で二つ手前の富水(とみず)駅そば。富士山の眺望が素晴らしいところ。打合せでお伺いしたときは曇っていて富士山は拝めなかった。そろそろ富士山の最後の勇姿になるかもしれないから、今年あたりはまだ登っていない山頂登山でもしとくかな。

    残念ながらイベントに限って雨男になっている。今回もパフォーマンスレセプションを開催する25日は週間予報で言うと曇り、快晴ではないらしい、、、

    ところで国内では2回目の地方での個展になる。一回目は85年、関西の西宮市にあった具体美術メンバーの島本昭三先生のギャラリーだった。島本先生のアトリエを見せてもらったり地元のアーティストと飲みに行ったりしてとても面白かった。

    東京生まれは故郷がないのがツライ。神田の三代目だけど実家は父の代でなくなったので根無し草。地方だと現地の美術館などにけっこう優遇されるけど自分はそういうのがない。都民は東京都美術館くらいしかないし。渋谷区立現代美術館でも作ればいいのに。ってか作るか!

    ところで月や火星には大気が薄いので青空も雨も雲もない。ずっと同じ空で景色も砂漠しかない。何億年たってもアポロ11号の着陸機はそのまま残っているだろうし、火星では去年、7年の探査を終えスピリットが機能停止。これもそのまま人類が滅亡しても残っているだろう。

    もちろん隕石衝突や噴火など自然災害があれば別だが、月や火星ではそれほどなさそうだから人類の証拠で大陽に飲み込まれるまでがんばってモニュメントしてくれ。

    それって究極のアート作品じゃないか!あまりにも自然災害と地殻運動が激しすぎる地球では実現できない。1億年後には日本の土地なんて跡形もなく、もしかするとマグマになっているかもれない。

    話変わって、東洋経済誌編集長が痴漢で逮捕!

    きな臭いぞ。雑誌の特集が東電、原発批判(週刊東洋経済2/18号で東京電力偽りの延命)のすぐ後というのもまた、えん罪疑惑に拍車をかける。事の真相はまたまた闇の中だが、この編集長もワキガ甘すぎる、じゃない脇が甘すぎる。

    ジャーナリストなんて立場的に兵士と同じ。取材する内容によるが、命かかっている仕事だと思う。上杉氏は絶対、電車には乗らないそうだ。昔だったら社用車で帰れたのだろうけど、この出版不況じゃ自分の身は自分で守るしかない。

    東洋経済といえばかつて首相もつとめた石橋湛山が主幹をしていたこともある。この石橋氏は国政に進出、アメリカにたてつき心臓大臣とも呼ばれたり、反米親中だったためか首相になったら65日で病気によりあっけなく引退。とにかくアメリカにもの申す政治家だったのだ。

    今も昔も反米阻止の姿勢は変わらないニッポン、ちゃちゃちゃ、もっと世界中の人と仲良くできないのかなぁ。

    写真:フリーシェイクハンズ・プロジェクト、ギャラリーDGV(スヴェンボー・デンマーク/2011)FREE SHAKE HANDS PROJECT GALLERY DGV,SVENDBORG,DENMARK 2011
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    脳とれ
    犯罪者を罰する、違反者を非難することに人の脳は快楽中枢で反応する、というNHK特集で説明していた。近年の科学医学の進歩で人間の中身もどんどん明らかになっていて面白い。

    種は環境に適応するため、自らの欲望を満たすため肉体的進化を日々刻々と遂げている。手の代わりに機械を作りだし、速く走るために今やロケットまで発明した。が、人間の感情はまったく進歩していない。

    恐らく数万年以前にホモサピエンスになって喜怒哀楽は変わらないのだろう。彼らに喜びしかなかったら、すぐに攻め込まれる。怒ってばかりいたら戦いばかりで生きていけない。また哀しんでばかりいたら隙をつかれるし、常に楽しかったらやっぱり騙されて殺される。

    だからこの四つの感情が同時になければ人間は生きてこれなかったのだ。技術の進歩と同じように感情が進歩はしていない。自分に喜怒哀楽以外の感情は思いつかない。他にどんな感情があるのだろうか? 

    新しい感情が生まれているとしたら、それは愛?憐れみ?義?忠?無?

    ナショナルジオグラフィックでいま、脳トレ最新科学という番組を放映している。注意力、記憶力、認識について実例を挙げトレーニングしながら解き明かす3シリーズだ。

    手品や催眠術、サギなどのトリックもなるほど!とつながっていて為にもなる。

    下記に簡単なテストがあるので試してみたら面白いです。
    http://www.ngcjapan.com/special-contents/test-your-brain/

    人間ってとにかく不完全なのだ。思っているより間抜けだ。だから国連とか大統領とか総理大臣とかノーベル賞受賞者とかたくさんいても平和にならないことがよくわかる。

    ニーチェじゃないが、超人は生まれない。逆に言うと核戦争や隕石衝突で文明が崩壊してこの生活がすべて無に帰しても生きていけるのだろう。だって感情は原始人と変わらないのだから。

    そういえば今年は一日多いうるう年です。

    1983年ギャラリーQでの故若林直樹氏との2人展。
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    中島由夫展覧会
    25日からのすどう美術館の個展の出品作もメドがついた。

    昨年スウェーデンで発表した文字シリーズの新作バリエーションをいくつかとタブロー、ドローイングを展示する。

    最近、雨や雪が降ったり寒かったり天候が思わしくないが、月末は少しは温かくなっていて欲しい。でも小田原なので東京より若干暖かいかな。

    また今年の6月には、江東区の東京都現代美術館近くに引っ越し4月からニューオープンするギャラリーコエグジストでの個展が控えている。

    作品の構想はできているので、こちらも併せて制作している。このギャラリーはとても広いので(おそらく東京のプライマリーギャラリーでは一番広くなる?!)いろいろなバリエーションを発表するつもりだ。

    ここでも新シリーズによる作品で構成。言葉と絵画、感覚と思考、主体と属性の比較・対照等をテーマにいろいろ提示してみたい。

    ところで中島由夫画伯の個展が名古屋で開催されます。

    ART-MISSIONARY -Return to Japan -
    中島由夫展
    日時:2月16日(水)〜22日(水)10:00〜19:00(最終日16:00まで)
    場所:丸栄美術画廊(8階)
    住所:名古屋市中区栄3丁目3-1 丸栄
    TEL052-264-1211(代)

    ぜひ、お近くにお住まいの方は沈まぬ太陽の感動を見てみてください。
    中島先生に頼まれて制作したパフォーマンスDVDも流すそうです。彼のパフォーマンスも筋金入り!面白いですよ。
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    敵は本能寺にあり!
    今朝もヤフーニューストップに「防衛相、無断退席中にコーヒー」(時事通信)と掲載。そんなこと、どうでもいいだろ!まったくこの不景気なのに(たぶん)給料一杯もらっているジャーナリストが発信するネタかぁ?!

    テレビのニュースではじまった一日が、PCではじまるようになってどのくらいが経つのだろう。最初の内はおもしろおかしく、政治批判、陰謀系をチェックしていたけどそれも最近、?と疑問符が浮かぶように。

    なにしろ言いたい放題だから賛否両論あってしかるべきなのだけど、なんか居心地が悪い。言葉のハシバシから伝わってくる憎悪や敵愾心、差別意識など今までこんなにも第三者の悪感情に触れるような環境はなかった。

    パロール(話し言葉)とエクリチュール(書き言葉)の違いはあるとはいえ、たとえば毎回、活動家系抗議デモの最前列に陣取っていなければ聞けないような罵詈雑言ばかりが目につくように。

    昔、新宿ロフトプラスワンで教科書を守る会のイベントを手伝ったことがあった。そのときにいた客の一人のヤジがすさまじかった。その業界では顔の知れた青年らしく回りは皆、苦笑してやり過ごしていたが。

    彼は面を割って客席から怒鳴り続けていたからその勇気はスゴイ!でもネットは匿名だし所在もわからない。ゆえに誰にでもヤジは吐けるし過激さに拍車がかかる。もちろん共感、賛同、為になる記事も同じくらいあるのだから悪口系は読まないでスルーしちゃえばいいのだろうけど、悪口、噂話、隣の不幸は蜜の味。やっぱり気になるし記憶に残ってしまうのが凡人のサガ。

    書き込みアルバイトっていう噂もあるらしいが、自分も含め反対意見を書く人たちは無意識かもしれないが、自分が正しい、自分の常識はみんなと同じはず、批判に値する、という良識的判断で声をあげられている方がほとんどだろう。きっと彼らと直接会って話したら驚くような善良な人たちなのだ(たぶん!)。

    ところで人間の脳は集団で生き繁栄したので、調和を崩す仲間を処罰するために進化したらしい。それは法や規則を破った者を罰するときに脳は快楽を感ずる部位で対応する、というのだ。違反者でない場合は、快楽ではない違う部位で対応するそうだ。違反者という認識だけで反応部位が変わるなんてなんかとても不思議。(ネタ元はNHK特番)

    ・・・というかこれってかなりショッキングなことじゃないか?!

    つまり弾圧もネットの罵詈雑言も戦争もこの集団自衛権のために繰り返されていたのだ。古今東西有史以来、たくさんの人間が追い求め熱望していたはずの平和な世界の最大の敵が、いみじくも自分自身の脳だったとは!

    なんとも皮肉を通り越して野豚バラ肉さんまいおろしだ。すべて進化の過程で得てきた獲得形質。人間はとどのつまり、脳という生物に支配されているのかも知れない。まさに敵は本能寺にあり!

    とくに正義なんていう言葉こそ脳の指令そのものなのだ。今でもあのブッシュのテロに対するプロパガンダは身の毛がよだつ。正義とかテロに屈せずと眉間にしわを寄せた深刻な表情の裏で、快楽に身を任せていたのだ。テロリストもブッシュも同じ、というより戦争は敵味方同じ快楽を求めてやっていたとしたら恐ろしい。

    赤信号は止まれ!自転車は歩道ダメ!歩きタバコはダメ!陰毛ダメ!?タトゥーダメ!駆け込み乗車ダメ!女性専用車両、男はダメ!義援金もらったら生活保護ダメ!ってどんどんダメダメづくしになっている。でもこれは人間が無意識に求めていることでもあるのだ。違反者を罰する喜びと法令遵守の喜び。

    だったら快楽を得るこの作用を変え、違反者を罰することが快感にならず、憐れみや同情を感じるようになれば、無為な戦争や争いごとがなくなる。でも進化の過程で、調和を乱す者を野ざらしにすることで社会が保てなかった。つまり現在まで生き延び繁栄して来られた理由のひとつに、違反者を駆逐して共同社会を保持することが勝ち残りの条件だったのだ。

    もし偉い脳科学者や脳神経学者たちが、絶対平和になるから!とその部位にメスを入れることを主張しても、はたして人間は賛同するのであろうか?レーシックみたいに手軽にできるようになったらどうなるのだろうか?本当に戦争がなくなるのだろうか?

    ところでネットメディアは新たな人間の習性をあぶり出したのかもしれない。

    ひとつが最近よく言われている「集合知」。一人の知識や意見ではなくて、ネットでデーターベース化された情報がパソコンのアルゴリズムや拡散によって勝手に修正、洗練された知に変化し、人間の価値基準や認識を左右する、という考え方だ。(超個体も生物界の集合知に例えることがある)

    かつては有識者やその道の達人、権力者、有名人など情報発信者(発信元)の素性が問われた。つまり情報の信憑性、価値は発信者が担っていた。でも現在は発信者はどうでもよくて、その情報量の多寡が重要なのだ。そしてシミュラークルな時代だからそれを借用、コピペで拡散されることによってどんどん信頼と影響力を得る、という構図だ。

    ウィキペディアもフェイスブックのイイネ!やシェアもその特性を利用したサービスだ。ウイキペディアは世界中で何百万何千万というヒットがあるから信頼性を得て、相互作用で書き込む誰かも信憑性のあることを書くようになり機能している。イイネ!がたくさんあれば為になると思い始め内容に信憑性が増す。

    新年のブログにも書いたけど「新年明けましておめでとう」の「新年」もまさにこの集合知によって変化したのではないだろうか。

    それまで言葉や用法などは御用学者と文部省から教育委員会、そして教師またはマスコミ用語集に反映され、私たちが習い使った。でも最近は、新年が明けるとは用法的におかしいから、ネットでそういう意見が多いから、と気づけば、新年があいさつから消えていたのだ。しかし、旧年から新年に明けました、という意味にもとれないではない。でもそういう意見が少なかったから恐らく新年くんは残念ながら退席するしかなかったのだ。(もし違う情報があればお教えください)

    たぶん、こんにちは、の「は」も同様だ。ネット・エクリチュール(ネット書き言葉)では、こんにちは、よりこんにち「わ」、もよく目にする。数年前はたまに、それを指摘するブログやスレッドも見かけたが、もうなくなった。恐らく「は」はなくなるのかも知れない。まあ、言葉なんて使用頻度で変化するものだからむしろこれが自然な形とも言えるけど。

    20世紀前半、言語哲学で活躍した哲学者ヴィトゲンシュタインは「腕が痛い」という表現が、他者では「彼の腕が痛い」とは文法上では正しいが、彼の腕の痛さは自分では感じられないので、正確には、痛がる仕草(行動)でしか表現できないと言う。「彼は腕を痛がっている仕草をしている」が「彼は腕が痛い」ということを正確に表現している、と言うのだ。面倒だよね、、、汗

    最初に言葉ありきじゃないが、西欧文化は言葉が重要だ。そんなヴィトゲンシュタインは絵画についてとても示唆のあることを書き残している。(ここでいう絵画は現代美術に置き換えられる)

    「絵画と言語は我々に無限な意味を与えることのできる二つの型式である。絵画は意味を持ち、なにかを語る。しかし絵画の意味を限定することも、語り尽くすことも出来ない。
     それは絵画の「語り」と「意味」が言語とは別の次元に存在し、絵画の伝える「思考」が論理空間には存在しないものだからである。絵画は意味を持つが我々はそれを思考出来ない。」(「ウィトゲンシュタインはこう考えた」鬼界彰夫著 講談社現代新書より)

    そんなんだよなぁ、思考できないのだ。だから面白いしこれからはもっと可能性もあると思うのだが、、、

    (写真はギャラリーQでの個展風景。1985年)
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