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    • Contemporary Art 2.012展
      記事掲載
















  • ヘルマン・ニッチェの記事
    先月の月刊誌『ナイルス・ナイル』10月号にオーストリアの現代美術家ヘルマン・ニッチェについて原稿とイラストを書きましたです。

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    現代美術と羊
    ヘルマン・ニッチェの世界


    ヨーロッパにおける
    羊の意味と絵画


     一二干支のひとつである羊は、ルネッサンス以降のヨーロッパ絵画にたびたび登場するモチーフだ。中国で生まれた干支とは違いユダヤ教、キリスト教に由来することは言わずもがな。
     迷える子羊よ…で知られるようにキリスト教では民は羊に、キリストは羊飼いに例えられている。
     またユダヤ教では「過越の子羊」の逸話が出エジプト記にあり、その祝祭日に、ほうむられた子羊を家族みなで食することは欠かせないイベントのひとつだ。
     そのため羊やその群れが絵の背景に描き込まれたり17世紀の画家エル・グレコの「羊飼いの礼拝」のように羊飼いをモチーフにした作品が数多く描かれてきている。
     現代美術においても、ひとつのメタファーとして重要な立ち位置を占めていることは言うまでもない。

    ヘルマン・ニッチェと
    OMシアター


     羊を使った作品で有名なのはヘルマン・ニッチェとダミアン・ハーストがまず思い浮かぶ。
     ヘルマン・ニッチェは1938年オーストリア・ウィーンに生まれグラフィックデザインを学ぶ。最初は抽象画を描いていたが、60年代になってパフォーマンスを始める。
     そのニッチェの代表作と言えばOMシアター(Orgies - Mysteries Theatre)であろう。観客の五感すべてに訴える6日間の総合舞台芸術として57年から構想が練られ60年にウィーンで試演。しかしその過激さゆえ何回かの裁判、収監3回という散々な結果に終わってしまう。
     なにしろそのパフォーマンスとは子羊の皮を剥ぎ解体し白い布に内臓や血をぶちまける何とも言いがたい壮絶な内容なのだ。
     しかし62年ウィーンのアパートメント・ミュールで9時間にわたり上演、「アクション1」として彼の歴史に刻まれることになる。
     OMシアターとは古代ギリシャの酒神ディオニッソス(ローマ神のバッコス)の”乱痴気騒ぎ祭り”と”神秘的な劇場”といったような意味で、本人曰く「存在の歓喜の美的儀式」なのだそうだ。
     最初はニッチェ自身が羊の血を浴びたりしていたが評判をよぶにつれ参加者たちも演じるようになる。
     彼ら(女性もいる)は全裸になり羊の内臓や血を体中に塗りたくられキリストの磔刑を模して十字架に括られ行進する。上演中は楽団がニッチェ自ら作曲した音楽を演奏、他の参列者はみな白い服を着て血を浴び最後はみなで祝宴をあげ、残った数々の血に染まったシーツや服や十字架など遺留品すべてをアート作品に仕立て上げてしまうのだ。
     71年にはオーストリア郊外のプリンチェンドルフ城を購入、会場をここに移し今年までで計131回を数える。
     過去には何度も逮捕されたりしたが、本国でも徐々に認知されるに至り95年にはウィーン国立歌劇場の美術と舞台監督も委嘱された。
     もちろん現代美術界では世界を代表するアーチストのひとりでもありドクメンタを始めシドニー・ビエンナーレ、08年には横浜トリエンナーレに招待されてもいる。

    ニッチェの目指す
    作品の意図とその暗喩


     ニッチェにはアクション・パフォーマンス以外にもペインティング・パフォーマンスという赤や紺、茶、濃緑、黒などの絵の具を大きなキャンバスにぶちまける一連の作品群がある。どれも激しい動きから生み出されたタブローは血のしたたりや肉体の破壊や暴力を彷彿させる。
     一般の人にはとうてい理解できないだろうが「目指すところは人間がもつあらゆる欲望、残忍性、性癖、狂気などからの解放。それに伴い歓喜から来る覚醒」と彼は言う。
     それはまたヨーロッパ文明に長く根付き、刷り込まれたキリスト教という既成概念や固定観念からの脱却とも受け取れないだろうか?
     ヨーロッパ文化はキリスト教の影響下のゆえ、初めに言葉ありき、の世界観でもある。ゆえに現代美術の存在する価値のひとつは言葉では置き換えられないエネルギーや真実を伝える手段とも言えるのだ。
     ところで羊はその性格から家族の安泰と平和な暮しに例えられる。来年は羊のような良い年になることを心から願ってやまない。
    (無断転載禁 ©Niles Comunications Co,.ltd.)



    あとWEB版にはイタリアン・レッドについて書きました。
    http://www.web-nile.com/article/article.php?category=03&article=000113

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    ジョブス
    先日6日、アップル創業者スティーブン・ジョブスがなくなった。

    自分はLCIIやクワドラからのマックユーザーで苦楽を共にしてきた身だから、友だちを(僭越だが)失ったような気がして複雑な心境だ。

    さすがにOS起動時の画面にお悔やみのメッセージは表示されなかったが・・・。

    最初の頃はフリーズのオンパレード。イライラしどうしでバックアップとの競争だった。でもカッコよかったしデザインや画像処理ではマックが優れてたのでウインドウズは考えられなかった。

    ヤバイ!そろそろかなぁ、と思って保存しようとするや否やワンキーパンチの差でフリーズする。

    そんなことが続くうち、朝、バ〜ンと起動すると(この起動音も変わってないな。ちなみにウインドウズXPはブライアン・イーノ、VISTAは、クリムゾン・キングのロバート・フィッリップだそうだ)なにやらパソコン画面と会話している自分がいた。

    あれ〜、クソっ!ガッデム!マッキントッシュ!とつぶやく。ツイッター開発者のエヴァン・ウイリアムズも同様の経験をしていてツイッターのアイデアにつながったいう(ウソウソ!)

    なんか懐かしいなぁ。今のマックとは雲泥の差。今ではすっかり日本製ように優良商品になってしまった。

    スティーブン・ジョブスの残した言葉でもっとも知られているのはStay Hungry, Stay foolishだ。

    空腹であれ、バカであれ!

    ハングリー精神のことは言わずもがな、そう粗食は体にいい!

    長生き健康の秘訣は粗食が一番だそうだ。だから自分も実践している!

    さすが禅に心酔していたジョブスだけのことはある。

    でも残念ながらジョブスは享年56歳だった、、、(彼はジョブス家の養子になったが、どーでもいいけど実の父親はシリア人政治学者アブドゥルファター・ジャンダリ。

    そう思うとアラビア文字のDNAがジョブスが大学を中退してもカリグラフィの講義には出席させ、後のフォントの優位性に繋がったと想像できる。)

    これは2005年のスタンフォード大でのスピーチでの言葉だが、オリジナルは彼のお気に入りだった貧乏旅行ガイドの裏表紙に書いてあったキャッチコピーだそうだ。

    彼も当時のヒッピームーブメントの若者で、アタリ社に就職するもロンゲにビルケン・サンダルのヒッピー姿で通したり、インドに放浪旅行するも赤痢にかかったりしている。

    アップルという社名も公式見解はないが、どうもビートルスのアップルレーベルからと言う説が有力だ。

    ところでちょっと長いが彼の残したいいフレーズがある。
    (引用:東京IT新聞・湯川鶴章)
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    人生を振り返れば無関係のように思えるような点と点が結びつくことがある。
    だが、人生の途中ではそれに気づかない。
    だから点と点が将来どこかでつながると信じることで、たとえそれがほかの人の道とは違っていても、自分の心に従う自信が生まれる。
    これが大きな違いをもたらしてくれる・・・

    ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

    成功者は何を言ってもいい響きに聞こえてしまうし、不思議だがほとんどの人たちは言葉は違っても、同じような意味のことを残している。

    それはやっぱり真実なのだろう。

    昨日はスウェーデンで成功した中島由夫さんの結婚式にお手伝いをかねて参加した。ちなみに先生、御歳70歳です。

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    詳しいことは個人情報になるので省くけど感動的でした!

    横浜にある日本最初のプロテスタント教会で式を挙げ(自分にとって初めての教会セレモニーに出席)、お祝いはロイヤルウイングでクルーズ船パーティ。パフォーマンス・パートナー和完さんたちのグループも演奏。

    ところで中島先生の出会いもジョブスの言う「点と線」だ。

    以前ブログに書いたが、遡ること28年近くも前、親戚のお宅で先生を紹介されたのが最初の点だった。

    当時の自分はイタリア留学から帰国した直後で世間知らず浦島太郎状態。

    先生もまだ若くて怖くてストレートな物言いに怖じ気づいてしまい挨拶程度しか言葉を交わせず、それっきりこれっきり、、、(スミマセン!)。

    そんな点から20年ほど時が経て、偶然通りかかったギャラリーで先生の個展の看板に遭遇。もしや?!と思い、画廊に入ってみるとナナナナント、二つ目の点、先生との再会。

    そうやって先月のスウェーデンの彼の美術館の個展開催になり、昨日の結婚式に繋がっている。

    まさに点と点はつながっていることを実感させられる出来事だ。

    もちろん他にもたくさんの点を毎日、ピンで絵を壁に止めるように出会は続いている。

    そう思うと、どんな出会でも人が少ないパフォーマンスでも個展でも、見返りの少ない仕事でも気は抜けない。

    それを逆手にとって、何かいい仕事に繋がるかもしれないから頼む、という誘惑がちょっと困るけど・・・。

    スミマセン! 自分も使ってしまうこともあります→懺悔(カソリックですが)

    ほんとうにエニシとは不思議なものだ。

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    インサイド・ジョブを観て
    急に風が秋っぽく冷えてきた。

    また年末かぁ〜新年かぁ〜一年、早すぎクリスマス。

    10代の頃の一年の長さって言ったら、一生くらいに感じられ永遠に続くんじゃないかと思ったくらいだ。

    冬と言えば冬季オリンピック。もちろん札幌オリンピックのジャンプもあったが、思い出すのは荻原兄弟が活躍してたノルディック複合だ。

    しかし!あまりにも勝ちすぎて協会は、勝手に日本が不利になるようなルールに変更して、もう太刀打ちできなくなった。

    背泳のバサラもそう。柔道は言わずもがな。超重量級でマカ不思議な返し技で金メダルを逃した判定も印象に残っている。

    ルールに則って競い合うから、ルール破りはすぐに失格。それは当たり前だのクラブジャマイカ。

    で〜〜〜MO〜〜〜

    ルールを自分に有利にできたら全部勝てるジャン。

    背が低い日本はバスケットがめちゃ弱い。

    自分は高校時代、バスケ部で興味があるんだけど、たとえば背の高さを発揮できないように身長制限を新しいルールに適用すれば日本にだって世界一になれる可能性はあるかもしれない。

    昨日、IPTVでインサイド・ジョブというドキュメンタリーを見た。

    昨年のアカデミー長編ドキュメンタリー賞をとって多くの国際展で注目された映画だからご覧になった方も多いと思う。

    まさに、ノルディック複合や柔道と一緒で自分に有利なようにルールを変えたり反則を見逃せば誰でも勝てるだろ、みたいな印象だった。

    80年代、いや金本位制を止めたときから、金融市民VS実体経済従事者の図式が生まれていく。

    まるで古代ギリシャ時代は民主主義といいながら、実体経済的な雑益や日用品などを作っていたのは、基本的に奴隷だった。

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    市民の仕事は、奴隷管理と政治や兵役くらいだ。

    今のグローバル・スタンダードという経済体制は一部、金融市民と実体経済従事者=奴隷と変わらない、との印象を映画を見て思ったのだ。

    しかし、いつも不思議に思うのはマイケル・ムーアもそうだけど、反体制的な映画でも、監督がえん罪になったり、上映禁止になったり(一部はあるのだけど)、マスコミ・ボイコットにあったりせず、アカデミー長編ドキュメンタリー賞など体制的な賞でも受賞してしまうことなのだ。

    例えば日本だったら、小沢氏と検察の矛盾検証映画や小泉政治のアメリカ主導実証ドキュメンタリーみたいな作品が日本アカデミー賞みたいな大きな賞を受賞するのだ。

    痴漢えん罪事件を扱った映画に「それでも僕はやっていない」というのがあった。あれは結審する前に封切られていたらしく、結局、有罪になってしまった。

    不鮮明な記憶だが、最後に、監督がそれをとても悔いていたテロップが流れていた。

    もし今、日本で国家レベルを批判するような、米追従を告発するような映画やノンフィクション小説が世に出ることはできないだろう。

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    まず資金が集まらないし、ジャーナリストはえん罪か謎の死だ。

    植草氏や国税庁職員、NHKの長谷川解説委員や朝日新聞の斎賀氏、鈴木氏、読売の石井氏など枚挙にいとまがない。

    読売の石井氏などこんな調子だ。
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    2007年4月5日、東京都文京区白山のマンション室内で「後ろ手にした両手に手錠をかけ、口の中に靴下が詰まった状態で」死亡しているのを同居している母親が発見。捜査に当たった警視庁は6日、「事件性はなく」「事故の疑いが濃厚」と発表した。
    石井氏の死をめぐっては、所属の読売を含め大手紙が軒並み黙殺に近い状況。スポーツ紙、夕刊紙に至っては、「SM趣味が昂じて」と報じるなど、故人を貶める報道に終始している。

    参照→http://www.rui.jp/ruinet.html?i=200&c=400&m=158060
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    しかし、アメリカでは、アメリカの金融マフィアだ、陰謀説だ、など批判されているにかかわらず、なぜ、反権力的映画が制作され上映でき、国際的なイベントへの出品もできるのか?

    この辺は宗教的な価値観なのか、マッチョ嗜好、正攻法で戦うものはリスペクトする、つまりおまえもやるなぁ、見直したぞ!みたいな感覚なのか、それともそれらの内容は嘘か、たいしたことではなくて、影の支配者には実害がないのからなのか?

    それともプロファイリング的に黙殺、もしくは無視することがB階層以下の人間にとっては最善の方法だということなのか。

    マイケル・ムーアの華氏911はかなり危ないラインだと思うのだが。

    普通、愛国者法で捕まりそうだが。

    エンロン事件も社会保険制度のシッコも、早い話、日生や東電、三菱批判みたいなものだし。

    話は変わるがこれだけドル安だと、ドラマや映画の中で1万や10万ドルと言われても昔のような価値じゃないから少し違和感。

    だってドルが120〜130円くらいの10万ドルと、今の70円じゃ倍近く差がある。

    現代美術の世界も似たような(といってもお子ちゃまレベルだが)現象が見受けられる。

    次回にこのあたりを考察してみたい。

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    玉三郎とゼロ次元
    先週、先輩T氏にチケット余ったから、と坂東玉三郎特別舞踊公演に誘われた。

    けっこう歌舞伎とか能とか嫌いじゃない。

    それに自分もパフォーマーだし!

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    勉強もかねて日比谷日生劇場へ。

    会場には妖艶な玉三郎ファンが詰めかけ、84BKA的な雰囲気に圧倒される。

    きっと息子さんやお孫さんたちがMだぁ〜Iだぁ〜Oだぁ〜とか、うつつを抜かす姿に、ため息をついている世代なのだろう。それとも一緒になって応援してたり。

    まあ、同じだね、いつの世も。

    玉三郎の舞踊も長唄も良かったです。

    思わず三味線の音に体が反応してしまい、舞台に飛び入りしようと衝動にかられました(笑)

    (あれっ?!いつのまにデスマス調)

    それは、嘘です。

    60年代の先達たちは本当に舞台に登って一緒にパフォっちゃうんだろうけど、自分はヘタレです。

    自分は陰に隠れた部分の所作、つまり使っていない指の扱い方とかに注目してました。

    それとなぜか、観客のおばさまたちが微笑ましくて純真そうで(笑)無垢な印象で涙がでそうでした。

    正直、人が感動したり喜んだりする姿は、いいエネルギーを発しているみたいで好きです。

    それとか弱い人みると悲しくなります、というより一生懸命、生きている姿は感動します。

    ほんと、歳とると涙もろくなります。

    観劇から帰ると原稿依頼があり、なんとか昨日夜中に脱稿。

    今週は珍しく2本も原稿書いた。

    現金収入の乏しい現在、感謝感謝です!

    先ほど、久々に絵画館前にジョッキングに行ったら24時間マラソンをやってました。

    自分はいつものように5キロくらい走りました。

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    いや〜、時間ができたので肉体のアナーキズムに戻る。

    しかし、60年代の過激さもすごいけどネーミングもスゴイよね。

    ゼロ次元は最高だけど、「都電首つり蒲団チンチン葬儀」とか十八番の「尻蔵界」(ケツゾウカイ、四つんばいになってアナルを見せローソクたてたり線香たてたりするパフォーマンス)、「寝体」(ネタイ、道にみんなで寝る)。

    しかし当時のパフォーマンスってすごかったのに、ごくごく一部の人たちにしか語り継がれないし残っていないし本当に日本ってアートは難しい。

    おそらく今回のこの本がどれほど影響力を発揮しリバイバルするか、もう少し公的施設でも取り上げるか期待するんだが。

    しかし、あっぱれ!60年代!

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    肉体のアナーキズム
    スウェーデンから戻ってすでに1ヶ月が過ぎようとしている。

    時の経つのが加速度がついて速くなる。

    このままいけば光の速度に近くなって永遠に存在できてしまうのかもしれない。

    今「肉体のアナーキズム」(黒ダライ児著、グラムブックス)を読んでいる。

    黒ダライ児、かっこいいペンネームだなぁ。。。ホルモン関根は。。。。;_;

    アンビートというグループを組んで破天荒な活動をしていた中島画伯も本著に頻繁に登場している。



    ヘルシンボリのお宅でもいろいろ当時の記録など見せてもらったが、とにかく中島画伯以外にも60年代の日本はハンパじゃなかった。

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    中島氏のソ連でのパフォーマンス。パナマレンコが撮影、サインがある。彼はオークションでこれを買い戻したのだと言う。

    当時、安保闘争があって高度経済成長があってオリンピック、万博と敗戦の焼け野原から、日本の復興で夢と希望が臨界状態だったから、超ウルトラパワーを発している。

    自分はその後の世代で神田に実家があったものだから小さい頃よく学生運動で街が騒然となっていた光景を覚えている。

    幼稚園、小学校と臨時休校になったり、友だちの家が小川町の交差点で喫茶店を経営してて逃げてきた学生と追っかける警察で騒然となったり、機動隊との衝突を見に行って催涙ガスの強烈な痛さに逃げて帰ってきたりした。

    現在、ネットを通していろいろ暴露されつつある情報を知る限り、力道山も安保も岸も佐藤栄作内閣も植民地政策の一環で仕組まれていたと思うとあの60年代は何だったんだろう。

    正義だ、愛だ、信念だと疑わなかった自分が、大きな策略に仕組まれ踊らされていた、と知った時、どういう気持ちなんだろう。

    ところでその本の話に戻ると、戦後1955年から70年、万博までの期間で主にパフォーマンス芸術にスポットライトを当て膨大な取材と調査をもとに書かれている。この労作、電話帳なみの厚みがあるのだ。

    画像資料もよく集められたものと関心する。今のように写メがあるわけでもなく安いデジタルカメラがあったわけではないので記録がないのだ。

    上昇志向ばかりのアート業界の中でこういう地味でニュースバリューも少なく、まして有名にも金持ちにもなれる希望のかけらもない(?)仕事を成し遂げた黒ダライ児氏の情熱に頭が下がる。

    とにかく60年代は何でもモハメド・アリだった。

    中島画伯が18、9の頃、アンビートのメンバーたちと駅のホームで何かやろうと企んでいたら、彼は居ても立ってもいられず、自らホームから線路に飛び降り山手線を止めて、大事になったことも記述してあった。

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    いまでも当時のままのパフォーマー!

    そのとき中島画伯は目覚めたのだと語っていた。こんな自分でも注目されるのだ!と感動したのだという。このときから路上や読売アンパンなど64年渡欧するまでメチャクチャなハプニング活動をはじめる。渡欧してからはもっと過激になりオランダ、ベルギーなど国外退去をくらっているから筋金入り。

    読み進んでいくと、エログロなんでもありきでパフォーマーと言う自分が恥ずかしくなるくらいだ。ほとんどのネタが出尽くしている。

    パンツを6枚重ねて履いて一枚づつ脱ぎ、最後のパンツは刻んでオムレツにした、とか舞台で排便してみせ、それをリンゴになすりつけ客席に投げる、とかホルマリンみたいな劇薬を会場にまき散らす、火を付ける、オナニーを見せる、路上でセックスする、などなど。

    当然、過去は過ぎ去ったことで同じことを繰り返すことはありえず、形を変え進化しなくてはならない。(このあたりのセントラルドグマも考察対象だが)

    しかしこれほどまでにアートに対して真摯で純粋な取っ組み合いは、現在周りを見回すといかがなものか?

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