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    • Contemporary Art 2.012展
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  • 野菜が高い
    べじたぶるショッ〜ク!

    野菜大好き人間にとって、かなりの大ピーンチ!

    温暖化と言って今年の冬は寒い。地球的には氷河期に向かっているとのこと。

    ニンジン1本1ユーロ?!じゃがいも一個1ユーロ?!トマトにいたっては一個2ユーロだと?!

    これがパリだったら暴動だぁ。日本にいる野菜好きの西欧人は大変だ。

    ヨーロッパは食材が安い。野菜類は家畜並みに食える。八百屋の単位はキロだ。1個売りなど観光客目当てのリンゴやバナナくらいだ。チコリ、カリフラワー、ウイキョウ(フェンネル)やハーブ野菜のたぐいとかメチャ安い。じゃがいもだって味が違う。見てくれは悪いが味が濃くてまろやかでとにかく美味しい。一昨年、パリのスーパーで身のしっかりしたチコリ12本が2ユーロくらいで売っててビックリたまげた記憶がある。

    そんな野菜の調理方法はと言えば、根菜類は茹でることが多い。たまにガスグリルで部屋内BBQとかする。根菜系は歯触りがいいよね。だから茹ですぎはNG。ちょっとシンが残っているような固めがいい。そうそうレンコンもいい歯触りだ。シャキシャキっ!

    俺の前世はウサギかも知れない。数年前、大腸内視鏡を受診したら、先生が「あおひと君の腸って長いですね〜、こんなに長いの珍しいですよ〜」ってチューブをつっこみながら驚いていた。(俺は、はたして人間なのだろうか?!もしかしてV?第五部隊?)

    そういえばイタリアでは空豆をナマで食べる。ファーベというローマ地方ではポピュラーな食材でもちろん料理にも使うが、レストランのデザートメニューにもある。注文するとミカンみたいに鞘付き空豆が皿にのってでてくる。

    ナマ空豆の味はアオ臭さが強く、カリカリ梅のように固く、空豆の香りが遅れて口の中に広がる。やっぱり空豆も軽く茹でた方が美味しいと思う。

    葉物はナマだよね。ナマ!その点でブロッコリーが微妙な立ち位置にいる。緑のつぼみの部分はナマでもいいが茎は固い。火を通すと甘みが出るので、サクッと茹でた方が旨いかもしれない。

    ルッコラや白アスパラ、アーティチョーク(朝鮮アザミ)、インゲンマメ、パクチー、フリルレタス、カリフラワー、エンダイブ、セロリ、エシャロットなども好きだけど日本じゃ高すぎるので手がでない。

    野菜の中でナスはそういえば最近、食べたいと思わない。キノコ類ではマッシュルームのナマ。日本といえばミョウガやシシトウ、タケノコもいいよね。

    味付けはいたってシンプル。塩でOK。オリーブ油とバルサミコがあればベター。でもたまに醤油でもいける。焼き野菜に醤油はあう。

    そんな野菜を愛する、か弱い庶民を襲う消費税10%が信憑性を持ち始めている!!

    よくマスコミで喩えにだされる諸外国との比較。しかし日本のように自動車や燃料、酒、タバコとありとあらゆる物品税がかかり所得税や地方税、さらに健康保険、年金など含めたら個人負担は世界上位の高負担国家だ。

    しかし先日、世論調査で増税賛成が50%前後とか、わけのわからない数字をネットで見つけた。本当に日本国民の2人に一人が増税賛成なのか?30%だとしても3人に一人が増税OKになる。ぜいぜい最大でも5人に一人(20%)くらいではないだろうか?

    さらにヨーロッパは、公立大学などの教育費、生活必需品の消費税減免、老後保障、医療費など基本的に無料だ。つまり高い税金を払っていても国からの見返りもそこそこ信頼されているので、それなりに彼らは納得できるようだ(もちろん不満はあると思うが)。

    あの大負債国家アメリカさえ住んでいる人たちから聞くと、ベーシックインカムはあるし8ヶ月(州によって違うのだろうが)住めば公立大学はタダだしアメリカでの数ヶ月の納税証明さえあれば日本人でも引退後はちゃんと年金は支給されると、支給されている人から聞いた。ところが日本人サラリーマンが転勤などでNYで働いていても、その制度を知らない人が多いらしい。

    社会システム、政策など目先の課題の熟議検討もいいけど、今一度個々人、人間とは?生きるとはどういうことか?どうあるべきか?などヘヴィでウザったいかもしれないテーマで少しは真剣に考えないとどんどん流されそうだ。

    先回、超個体のことを書いたけど、人間も101匹目の猿じゃないがシンクロニシティ的に、なにをなすべきか、何をすればいいのか、と波動や微弱電波によって共鳴しあい超個体としての仕事がインプットされているとは思う。しかしこれだけ人工電波が飛び交っているとそんな重要な共鳴共感も妨害されてしまうのだ!!!!

    いい悪いは横に置いといて、宗教って必要な規準なのだ、とつくづく思うが、これだけ科学、思想、社会基盤が変化し人口も増えた現在、かつての宗教では成り立たなくなってきていることも感じる今日この頃です。
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    超個体
    超個体。

    有名なのはアリのコロニーだ。アリは1億2000千万年ほど前、スズメバチから分化したと言う。地球上に生息するアリの総重量が人間の総重量に匹敵するとも言われている。大きさは違うが、生態や顔かたちや毒があったりスズメバチもアリも似ている。スズメバチは遺伝子的にはミツバチなんかよりもアリの方に近いそうだ。

    コロニーの世界は人間社会並みだ。エサ探し担当、警備担当、運搬担当、兵隊、衛生係、養育係など厳密に分業化されている。稀にパラポネラみたいに一匹狼なアリもいるらしいが。

    ところで超個体とは一匹一匹が細胞のように機能しコロニー全体が一匹の生物のごとくふるまう生態をいう。どれか担当ひとつでも欠けたらコロニー全体が機能不全におちいる。

    そんな中でも南米に生息するハキリアリの習性は目を見張る。ある植物の葉を足を伸ばして実測し、体の2倍くらいに切り採って巣まで運ぶ。巣の中には運んできた葉を貯蔵する部屋がたくさん作ってあり、なんとハキリアリはその切り取った葉を食べるのではなく、彼らのごちそうになる菌を培養するための肥料にするのだ。なんと彼らは農業を営んでいる。

    グンタイアリは昔、黒い絨毯という映画でも有名になったどう猛なアリだが土の中に営巣せず、何万、何十万というアリが集まりお互い手に手を取り合って蜂の巣のような形に変身してしまう。その中で女王アリはせっせと子孫を増やす。

    ところで研究者たちによるとアリはお互い個体同志だとは認識できないそうだ。また誰に指示命令されているわけでもなく各自、自発的に行動しているらしく大きなコロニーを作るための指揮系統はないようなのだ。それでもちゃんと生まれたら生まれ持ったお仕事に邁進するから大自然の驚異。

    ところで人も腸内にいるバクテリア群に助けられたりしているので、超個体だ、という学者もいるし、ガイア理論は地球がひとつの超個体生物という説である。そしたら国もある意味、超個体みたいだ。国民一人だけでは生きていけないし、数々の恩恵は相互の協力関係から生産され個人に分配され恩恵が行き渡ることによって成り立っている。

    でもそれが崩れはじめている。それも急に・・・。

    自分の友人知人のほとんどは新聞、テレビなどマスメディアを信用していない。思っていたより、不信感を抱く人が多いのに驚くくらいだ。でも自分のように変わった価値観をもっている変人ではなく、一般的なまじめな社会人たちである。

    新聞を止めてすでに4年以上たつ。でもいまだに販売店から営業の電話がはいる。かれらに大手新聞の偏向報道などいくら文句を言ったところでお門違い。むしろ販売店さんも呉越同舟。商材が悪ければ小売店がいくらがんばっても無理な話。

    テレビも地デジ移行と共に止める。すると最初はテレビ依存後遺症で少し困ったが慣れればスッキリ。その分、読書に時間を費やせるようになったのでとてもリア充。たまにテレビを見る機会があると、その音の騒がしさにビックリ!こんなにもTV番組がうるさかったとは気づかなかった。

    すでにテレビも大手新聞も過渡期だ。日本もそのうちTPPに批准して、マスコミも餌食になって米国企業に不利益ということでISD条項適用、日テレがグーグルに、TBSはフェイスブック、フジがフォックス、テレ朝はアマゾンコムあたりに買収されてしまうのだ。NHKはせめてナショナルジオグラフィックに買い取って欲しい。

    またアメリカがホルムズ海峡にウンコ座りしながらたむろって、「ガンたれんてんじゃ、あふまでぃねじゃど〜!」とインネンをつけている。ヨーロッパも原油に対して経済制裁の意向。なにせオバマ氏再選のためには必須だろう。軍産複合体やら原油高、ドル高基調と経済復興に戦争は打ち出に小槌。かつ日本にとっては原油輸入減になればオイルショック=原発推進と再び舵が切られる。

    ほんと経済だけが個人の、国の、地球の生きる道じゃないだろうと思う今日この頃。そういえば天国に平和はない、という。戦争がないから平和もないそうだ。

    ※写真はギャラリーQでの個展作品(1985年)懐かしいね。
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    現代美術と文脈
    AKB48が絵画展を構想中とネットニュースに流れていた。盛り上がりそうだ。若い人たちを含め、アートにもっと興味を持ってくれれば、それに越したことはない。あえてそれがアートとか芸術とか、それに対してアーだ、コーだぁって言っても意味は無い。

    と言っても「アート」や「芸術」。本当のところ、これって何なのだ?自分もこんなやっかいなヤツに出会わなければ、もっと幸せな人生を送りことが出来たはずだったのに〜。

    今はあまり聞かなくなったが、若い頃、絵を描いています、と言うと、
    「抽象画ですか?(間が空く)・・・現代美術は難しくてねぇ、、、」
    あいさつがわりだった。そして「はい、さようなら」という意味もかねていた。

    最近は現代美術もなんとな〜く定着してきた感はあるが、まだまだ音楽や小説にくらべると認知度はかなり低いことは否めない。

    それでも東京にはギャラリーがたくさんある。都現代美術館や国際新美術館みたいな立派な施設も多く、国内外の有名なアーティストの展覧会もたくさんやっている。そこでは一切合切をアート、芸術、美術などの言葉でくくり、古典絵画、工芸品、書道、手芸、日本画、彫刻、絵画、インスタレーション、マルチメディア、写真、映像、パフォーマンス、アニメ、イラストなどなど一糸入り乱れ百花繚乱、すごい文化大国だ。

    自分のやっていることはその中の現代美術。でも最近、この言葉がしっくりこない。ひねくれモンでなまけモンでホルモンだからあまり気にならなかったが、哲学かぶれとヨーロッパで現代アートに対する解釈の仕方をいろいろ体験したためか、日本語の「現代美術」にとても違和感を感じているのだ。

    美は英語で、Beautyやgrace。すると日本でいう美術とはBeauty techniqueだ。業や術はArtという以外にtrick(トリック)とも言うからBeauty trickではないか、まるでお化粧みたい。

    芸+術はArt art、 art trick、Performance techniqueとも訳せる。逆に言うと日本語の芸術や美術のシニフィエ(意味されるもの)は一切合切の人工的もしくは技術的表現物と捉えて正しいとも言える。結果、今までにない卓越した技術で描かれた絵が驚きでもって迎えられ、緻密な螺鈿細工がこれこそ芸術だ!となるわけだ。それは世界一速く100メートルを走った選手が金メダルをとるのに似ている。

    また美術とは、明治時代に西周(にしあまね)という人がファイン・アートから訳語した言葉だ。彼は他にも哲学とか理性、科学、技術などの訳語も作った偉い人なのである。でも日本語は中国語の表語文字のような固有のイメージを持つ漢字に訳してしまうと意味が変わってきてしまう。もちろんその訳語がつけられた当時は日本も開国して間もないし、それを検証できるような状況ではないから、現在まで無批判に使われてきたのだ。

    ちなみに英語のArt、ドイツ語のKunst(クンスト)は、人工的な、技術という意味の古代ギリシャ語のTεχνη(テクゥネー)をラテン語訳したarsから作られた単語で、ファイン・アートは純粋な人工物もしくは技術という意味が強い。

    例えば美学が、aestheticsと言うようにBeautylogyでは決してない。美容エステという和製語で有名なエステチックの原語は古代ギリシャ語の「感性」「感性学」の意味で、美を感じる機能は何なのか?どうして感動するのか?何が、なぜそうなるのか?ということを探る分野なのであって、美しいものそのもの研究ではなく、それを感じる人間の仕組みや人間と美の関係性を探る学問(作業)なのだ。

    おおざっぱに言っちゃうと「視覚の探求」が現代美術だ。だから彫刻を作ったり絵を描くことだけではない。絵や彫刻はそれを構成する記号のひとつにすぎない。卓越した技量の完成が最終目的ではない。求めているのは今までにない感覚、感性の発見であり、その作品と感性の新しい対話なのだ。結果、新しい感性を開発するようなモノもしくは行為が、新しい美しいものとしてノミネートされる。

    だからすでに美しいと価値が確定していたり、すぐに美しいと感じてしまう(=美しいという言葉が浮かんでくる)ものは経験値の仕業であり、過去のモノであり現代美術の標的ではない。

    よく、数億円を超えて落札されたりする草間彌生や村上隆の作品を揶揄するが、欧米文化では知覚の開発を成し遂げた作品・現代美術家はとても評価される。月に行った宇宙飛行士、オリンピックの金メダリスト、ノーベル賞、映画スターと変わらない。最近は投資対象にもなってしまって少し不純にはなっているが、いい作品はやっぱりいい!草間彌生や村上隆の作品が海外で人気があって価格が高いのは、美しい絵だから、という理由ではない。

    ではそういう作品はどうやって判断したらいいのか?どういう作品が現代美術的に、評価される作品なのか?

    それは哲学・アート・世相などの文脈の流れを汲んでいることなのだ。文脈=コンテキスト、辞書で言うところに、脈略、前後関係、背景などとも解釈される。

    つまりいい作品は前後関係がしっかりしている、脈略がある、背景がちゃんとしている、ということだ。

    では現代美術で言う文脈って、脈略って、背景って、何?と言うことになる。

    ところで美学とは哲学であり、真理の探究が哲学の目的だと仮定すると、現代アートもしかり。文脈は美術史の流れというより哲学・思想の流れだ。それが歴史、社会システム、イデオロギー、世相などから個々人の欲望や思考まで、綿々と一本の糸でつながっていることが必要なのであり、逆に言うと真理にちかいからすべてにつながるのだ。

    例えば、デュシャンのレディメード作品はヴィトゲンシュタインからソシュールなどの言語的、構造主義的転回そのものだ。つまり泉と題されたデュシャンの便器の作品は、今まで作品が主体となって絶対的価値観を主張してきたが、20世紀に入ると、それはそれを受け取る側の解釈の仕方や語彙や体験などにゆだねられ新たな価値が創造される、といった哲学や思想の流れに合致しているのだ。

    同様にポップアートは当時繁栄を極めたアメリカ消費社会とシミュラークル(オリジナルなきコピー社会)な転回に組み込まれ、当時の時代背景や世相をより分かりやすくすることに貢献している。だからウォーホールやリヒテンシュタイン、オーデンバーグなどPOPアーティストたちは時代を先読みできた特異稀なる感性の所有者でもあったのだ。

    昨今クールジャパンの影響なのか、日本の若いアーティストたちは、私小説的な世界、詩情あふれる色合いやアニメタッチ、80年代を彷彿させるヘタウマ系の表現が好きらしい。

    今の若い人たちは技術があるので本当に上手い。でもアートは技術のうまさを競うものでは決してないし、既成の美しさを見せ合うことでもない。すでに述べたが、より深く感じさせる=知覚の感度を上げる作品を提示することなのだ。そのためには緻密な描写力で描く必要があったり、反対にわざとヘタに描かなくてはならなかったり、ただ日用品を並べるだけの作品をつくる必要性もでてきたりする。

    例えば日本で70年代、もの派という大きな運動があった。リー・ウーハンや関根伸夫、菅木志雄など活躍。拙筆から引用する。(ナイルスナイル124号「余白の芸術家 リー・ウーハン」より http://www.super-blue.com/product/p_niles18.html

    もの派とはー今までの西洋美術やそれに多大な影響の受けた日本の美術界。それら作品が訴えるメッセージや世界観はあくまで作者が作り上げたイメージにすぎない。そのことを疑問視し批判することによってアートの行く末=本質が見つけられないか?ーという難しいテーマに取り組んだのだった。それは人間中心で繁栄してきた社会そのもの、それら価値観に痛烈な批判を加えていることでもある。

    
 作家の手の加えられていない、描かれていない“もの”にこそ“アート”の本質が隠されている、それを示唆し人間のこれから出会う未知の領域を探すための地図は、すでにずっと以前から“もの”に描かれている、作家たちはその入り口を示してやるだけなのだ、と。

    ゆえに、まったく手を加えていないおおきな石やガラス板を立てかけるだけ、の作品になるのである。だからその文脈をわかっていないと、なんでこれがアートなの?ってなことになる。作家もそういう思想的な流れを組み込んでいるから彫刻したくても何か自分の印をそこに描きたくなっても一切しない。彼らにとっては手をつけないことが、描くことでもあり制作することになるからだ。

    昔は西欧のことばかり言うと、西欧かぶれとかいって非難された。しかし現代美術は世界共通語だ。何人だろうが国籍がどこであろうと同じ土俵で競い合い、検証しあうしかない。アーティストに言語や国籍は問わない。問われるのは文脈のより普遍的な分析・解釈の仕方だ。

    画家が自分の作品に対して「見る人が自由に感じとってもらえれば、それでいい」とよく聞くがそれは趣味のイラスト画だ。いくらデカいキャンバスに油絵で描いた、としても文脈の検討がなされていなければ、イラスト=解説画なのである。現代美術ではない。(しかし現在のコミュニケーション的転回という場においてその意味が生成・創造されているとも言えてしまうから一概に否定は出来ず、怖い)

    反対に文脈の裏付けがしっかりしていれば、デュシャンのようにイケアやハンズあたりから買ってきた金魚鉢をそのまま見せても現代美術になって法外な値段で売れてしまうのだ。そこには美術評論家、批評家が寄り添い、舌っ足らずな画家にかわって文脈の検証を裏付けてくれ、中間マージンをとるのである。

    よく見かける一発芸的な作品、思いつきアイデアだけの作品、子供が描いたような絵などなど。そういう無意識な物まね作品は底が浅いので、すぐに見破られる。恐ろしいほど、作家の意図が見てとれてしまうのが現代美術だ。これこそ古代ギリシャ人から延々と問われている人間の感性のすごさであり面白いところでもある。

    石ころひとつでも歴史や時代性、思想性など文脈をちゃんと踏まえ昇華した作品だったら現代美術史のアンカーポイントになる可能性が大なのである。それは国境を越え世界の哲学者、思想家、詩人、社会学者、アーティストなど知の開拓者たちに伝播し知と感性のメインストリームになって未来へ流れていくのである。
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    アンデス中島展告知です
    今日から北欧を中心に活躍する現代美術家中島由夫氏のご子息アンデス中島氏の作品展がはじまった。

    場所は表参道にあるギャラリーコンセプト21。アンデスさんの作品と父・中島由夫氏、ミロ、シャガール、マッタ、ダリ、フォンタナ、ローゼンソーンのリトグラフも展示。

    お近くにお越しの際、お時間がありましたら、お立ち寄りください。

    アンデス中島&Swedish Collector Art Work 展
    日時:2012年1月18日〜24日、11:00~19:00(最終日15:00)
    場所:ギャラリーコンセプト21/港区北青山3-15-16
    http://www.g-concept21.com

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    引き続き、大丸京都店で開催されマス。

    アンデス中島 油絵展
    日時:2012年2月1日〜7日、10:00~20:00(最終日17:00)
    場所:大丸京都店6階アートサロンESPACE KYOTO/京都市下京区四条高倉西入 http://www.daimaru.co.jp
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    匂いの記憶
    人間の五感 — 視覚、聴覚、味覚、触覚、嗅覚。

    その中でいちばん重要な感覚は?と問いたら、視覚と答える人がほとんどだろう。

    人間の感覚を補う能力は強力で、ひとつの感覚が機能不全をおこすと、急に他の感覚が研ぎ澄まされ、代用しようとする。

    これまでに2回ほど、ダイアログ・イン・ザ・ダークというイベントを体験した。

    それはまったくの真っ暗闇、薄明かりすらなく目を開けていても真っ暗で、もはや目を開けているという感覚すら感じられない。そんな仮設空間を数人のグループで各人、杖を使い全盲のガイドの方に先導されながら一時間半ほど散策する体験型アート作品だ。

    これはドイツの哲学者アンドレアス・ハイネッケ博士の発案で1989年以来、世界30カ国以上で開催されている。現在、日本でも開催中 http://www.dialoginthedark.com/

    最初に体験したときは大変だった。目の前に広がるブラックホールのようなまっ暗闇へガイドさんの声を頼りに進んでいくと、何とも言えないパニック症候群のような嫌〜な恐怖心に全身が震え始める。

    ヤバっ、怖い!逃げ出したい! スタッフさん曰く、体験出来ず帰る方もいるという。しかし自分は高い入場料払っているし!と自らをホルモンじゃない、駆り立ててトッカ〜ン進め〜!

    落ち着きが戻って余裕が出てくると、どう思っても真っ暗で何も見えないのだが、なんか見えているような感覚になってくる。

    無意識に視覚以外の感覚を総動員しているのがヒシヒシ感じられ、音がとてもクリアになりだし、すべての肌がとても敏感になっているのだ。それこそ幽体離脱じゃないが、肉体が自分の意思と関係なく一生懸命働いてるぞ〜っていう感覚。人間は、肉体に自分という別の霊的存在(エネルギー?)が宿っている、と思わざるを得ないくらいのとても不思議な感動が得られた。

    一時間もすると見えている気になるからスゴイ!脳内では視覚以外の情報で自分なりの風景と状況を想像している。杖から伝わってくる触感もリアルに映像化され、もし会場が急に明るくなったら、自分の描いているイメージの違いに驚かされるに違いない。

    アルタミラなど古代壁画を研究しているある学者に言わせると、文字が発明されるまで人類は、水平や垂直などへの関心は低かった。洞窟に壁画を描く際、構図的な意識はなかったらしい。人類は文字を書き記すことによって水平や垂直といった空間把握と概念が築かれてきたと言う。

    今や人類は水平・垂直が重要になってすべて線的に捉える傾向があるが、原始時代は視覚より聴覚が重要で自分を中心に全体を包み込むように3次元的な空間把握をしていたそうだ。プレデターから身を守るには常に五感をクリアにしておかないと食われちゃうからね。特に夜は視覚が使えないからなおさらだ。

    ダイアログインザダークでもしばらくすると自分が球状のバリアーの中にいるような感覚になった覚えがある。おそらくゴルゴ13やサムライみたいに、後ろの敵の殺気もすぐに察せられるようになるに、それほど苦労はしないと思う。

    ところで視覚以外の記憶ってあるのだろうか?たとえば嗅覚、匂いの記憶はあるのだろうか?もし痛みの記憶が残っていたら、思い出すたびに苦しまなくちゃならないから大変だ。

    匂いは記憶を引き出す作用は強いらしいが、匂い自体の記憶はどうだろう?

    バラの香り、魚のナマ臭さ、たき火の匂い、シンナーの匂い(笑)。それらを思い出そうとするとその言葉や情景がまず思い浮かんできて、それに連動して匂いがかすかに思い出され、記憶はほんの少し残っているような。。。

    たとえばパクチーの匂いを思い出そうとすると、まずパクチーという言葉からその緑の形とその匂いをかいでいる自分の情景を思いだす。と、気のせいかパクチーの匂いがかすかに感じられる。味の記憶もそれに似ている。当たり前だけどパクチーという言葉を思い描かないとならないから、言葉自体とそれに伴う経験がなければ思い出せない。

    ところで18世紀くらいのロンドンやパリの街並みは絵画や小説などの情報で知る限り、とても活気にあふれ美しい。

    でもその匂いは?昔、あるエッセイで読んだが、さぞ香しい世界だと思いきやトンでもなかったそうだ。

    路地に入れば人の汚物や下水がたまり家畜の糞のヤマ、庶民の部屋は油や体臭、ミントの香りの歯磨きなんてあるわけはなく口臭すさまじく、ゲップや屁も充満し、農家だったらとなりの部屋には家畜もいたろうし、風呂などもたまにしか入らないだろう。香水もコショウも匂い消しから生まれたと言われるほどだ。

    それこそ戦いの後の腐臭もすさまじいのだろうが、ダースベーダーやヨーダの体臭って?スタートレックの異星人バーもなんかすごそう。プリズンブレイクやロストのみんなもかなり臭っただろうね。ベン・ハーやブレイブハートなど歴史映画は匂いがあったら、すごい臨場感がかもしだされる。そんな臭い付き3D映画などあったら誰も見に行けない。

    それこそ匂い付きテレビをみながらの一家の団らんはありえないだろうなぁ。フォックスTVの犯罪捜査もののクライムシーンもかなり見応え、じゃない嗅ぎごたえあるだろうな。

    でも嗅覚疲労と言って他の感覚器官の中でいちばん、すぐに疲れて感度が鈍るようにできているらしい。人の体ってうまくできてる。

    人類と違って犬やクマや蛇など捕食のために嗅覚に頼っている生物の世界はきっと丸くて、いろいろな匂いが点在しているようなスメルワールドが広がっていそうだ。

    小説だと匂いの説明が書けるけど、映像だとその点、無理。やっぱり文字が発達した理由は、すべての感覚をまんべんなく表現できる一番、便利なツールだからだろう。

    これからは音や映像はバッチり記録できるのだから、臭いも記録できるような録臭機なるものが発明されたらぜったい面白い。(もしかしたら専門家の間では商品化されているのかな?)

    次回の個展のご案内です。

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    すどう美術館企画「 神 話 」 ホルモン関根絵画展

    記憶のあいまいさ、多重人格な世界と洗脳された幸福論からの旅立ち

    会場:すどう美術館 http://www.sudoh-art.com
    日時:2012年2月25日(土)〜3月 4日(日) 11:00 〜19:00
    住所:神奈川県小田原市堀之内373

    ※入場無料 2月27日(月)休館 最終日3月4日(日)17:00まで
    ※オープニング パフォーマンス パーティ :
     2月25日(土)15:00〜/入場無料 共演:早乙女和完
     作家在館予定 2月25、26 および 3月3、4日午後

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