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    • Contemporary Art 2.012展
      記事掲載
















  • 肉体のアナーキズム
    スウェーデンから戻ってすでに1ヶ月が過ぎようとしている。

    時の経つのが加速度がついて速くなる。

    このままいけば光の速度に近くなって永遠に存在できてしまうのかもしれない。

    今「肉体のアナーキズム」(黒ダライ児著、グラムブックス)を読んでいる。

    黒ダライ児、かっこいいペンネームだなぁ。。。ホルモン関根は。。。。;_;

    アンビートというグループを組んで破天荒な活動をしていた中島画伯も本著に頻繁に登場している。



    ヘルシンボリのお宅でもいろいろ当時の記録など見せてもらったが、とにかく中島画伯以外にも60年代の日本はハンパじゃなかった。

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    中島氏のソ連でのパフォーマンス。パナマレンコが撮影、サインがある。彼はオークションでこれを買い戻したのだと言う。

    当時、安保闘争があって高度経済成長があってオリンピック、万博と敗戦の焼け野原から、日本の復興で夢と希望が臨界状態だったから、超ウルトラパワーを発している。

    自分はその後の世代で神田に実家があったものだから小さい頃よく学生運動で街が騒然となっていた光景を覚えている。

    幼稚園、小学校と臨時休校になったり、友だちの家が小川町の交差点で喫茶店を経営してて逃げてきた学生と追っかける警察で騒然となったり、機動隊との衝突を見に行って催涙ガスの強烈な痛さに逃げて帰ってきたりした。

    現在、ネットを通していろいろ暴露されつつある情報を知る限り、力道山も安保も岸も佐藤栄作内閣も植民地政策の一環で仕組まれていたと思うとあの60年代は何だったんだろう。

    正義だ、愛だ、信念だと疑わなかった自分が、大きな策略に仕組まれ踊らされていた、と知った時、どういう気持ちなんだろう。

    ところでその本の話に戻ると、戦後1955年から70年、万博までの期間で主にパフォーマンス芸術にスポットライトを当て膨大な取材と調査をもとに書かれている。この労作、電話帳なみの厚みがあるのだ。

    画像資料もよく集められたものと関心する。今のように写メがあるわけでもなく安いデジタルカメラがあったわけではないので記録がないのだ。

    上昇志向ばかりのアート業界の中でこういう地味でニュースバリューも少なく、まして有名にも金持ちにもなれる希望のかけらもない(?)仕事を成し遂げた黒ダライ児氏の情熱に頭が下がる。

    とにかく60年代は何でもモハメド・アリだった。

    中島画伯が18、9の頃、アンビートのメンバーたちと駅のホームで何かやろうと企んでいたら、彼は居ても立ってもいられず、自らホームから線路に飛び降り山手線を止めて、大事になったことも記述してあった。

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    いまでも当時のままのパフォーマー!

    そのとき中島画伯は目覚めたのだと語っていた。こんな自分でも注目されるのだ!と感動したのだという。このときから路上や読売アンパンなど64年渡欧するまでメチャクチャなハプニング活動をはじめる。渡欧してからはもっと過激になりオランダ、ベルギーなど国外退去をくらっているから筋金入り。

    読み進んでいくと、エログロなんでもありきでパフォーマーと言う自分が恥ずかしくなるくらいだ。ほとんどのネタが出尽くしている。

    パンツを6枚重ねて履いて一枚づつ脱ぎ、最後のパンツは刻んでオムレツにした、とか舞台で排便してみせ、それをリンゴになすりつけ客席に投げる、とかホルマリンみたいな劇薬を会場にまき散らす、火を付ける、オナニーを見せる、路上でセックスする、などなど。

    当然、過去は過ぎ去ったことで同じことを繰り返すことはありえず、形を変え進化しなくてはならない。(このあたりのセントラルドグマも考察対象だが)

    しかしこれほどまでにアートに対して真摯で純粋な取っ組み合いは、現在周りを見回すといかがなものか?

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    スカンジナビア滞在記 その3
    スウェーデンはほんとうに広い。

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    どこに行っても看板も店もない。だからだだっ広くて気持ちがいい。

    もちろん市街中心地にはブティック、ショップなどありきたりなセンターストリートのにぎわいがあるが、少しでも離れるとびぃやっ〜と地平線が広がる。

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    ヘルシンボリ中央駅構内

    デンマークには山がないそうで自転車で国を一周、出来るそうだ。

    一夏かけて自転車でデンマーク一周旅行も楽しそうだ。

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    平坦で延々草原が続くデンマーク郊外

    ところで今まで南ヨーロッパが多かった。

    三年前から、ヨーロッパで発表できるチャンスが増え、チェコ、ハンガリー、セルビア、パリ、トルコと思ったら今年は一気に北上、デンマークとスウェーデンだった。

    北欧文化は初めての体験だ。

    やっぱり違う。

    クールだ。個人主義も徹底している。

    各家には大きなマドがあってもカーテンはしない。大陽が少ない土地柄だから目一杯、陽の光を受けようとするんだろうけど、他人の生活には干渉しないという暗黙の了解があるから、のぞき見るような人はいない、と信じているのかもしれない。

    あくまでも自分の印象と現地滞在者の一般的な意見なので違う見方もあるかもしれない場合、ご了承ください。

    夫婦でも割り勘、レストランは当然のごとく、スーパーで買い物をしてもお互い自分のものは自分で払うらしい。

    だから日本みたいにビールやお酒を注ぎあう、なんてありえない。自分の酒は自分の物。

    また人にごちそうしたりおごったりする感覚もない。

    デンマーク人はすこしくだけている感じがしたけどスウェーデンの人たちは大人しくて感情は表には出さない。少し日本人に似ているかも。

    今回、個展のオープニングパーティでもスウェーデンのお客さんたちはワインもほとんど飲まない。なぜなら飲酒運転の罰則はかなり厳しいからという。

    でもデンマークから来たお客さんたちは車にもかかわらず飲んでいる。
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    デンマークから来てくれたお客さんたち

    ところでラウス窯は100年続いた陶器工場だ。
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    ここはアートホールとラウス焼き石炭窯を維持管理する。

    現在はその施設を一般公開し毎年6月の白夜祭で一回だけ火を入れ3000個ほどの陶器を生産している。
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    見た目は常滑焼きや信楽みたいに厚手で茶褐色の肌あいの焼き物だ。このあたりの各家庭の庭先のフラワーポットなどほとんどがこの窯で焼かれた物だ。
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    窯の中

    中島画伯が2002年、先代の社長がケガで維持できなくなり廃業になりそうになったところを引き受けた。

    ここは世界に二つしか現存しない石炭窯だ。ポーランド産の石炭をくべて1300度まで上がったところで塩と石炭粉をぶち込んであとは2週間かけて冷やすそうだ。
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    今年はロイヤルコペンハーゲンが門外不出だった陶土を支給してくれて製作もしている。

    スウェーデン王妃の結婚式にもラウス焼きの陶器を贈呈しているのはスゴイ。
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    スカンジナビア滞在記 その2
    今回、スウェーデンの地方都市ヘルシンボリに約2週間、滞在した。宿はヨシオ・ナカジマ・ミュージアム&アートホールの敷地内にあるゲストハウスを提供してくれた(下写真)。

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    基本的に海外での活動はアゴ付アシ無し。いまのところチケット代でスポンサーがついたことはない。宿などは提供してもらうのが開催する条件だ。

    今までポーラ、朝日新聞、文化庁などなど何度も助成金申請をするが一度も通ったことがない。

    ヘルシンボリはスウェーデンの首都ストックホルムは電車でも6時間くらいかかるそうでデンマークのコペンハーゲンは一時間足らずで行ける。

    なのでデンマークとスウェーデン両国に触れることが出来た。

    たった5キロくらいしか海峡で隔てられていないのにかかわらず国民性の違いがけっこう感じられて面白かった。

    お互い、ノルウェーも含めデンマーク、スウェーデンとあまり仲がよくないと言う。でも日韓北朝鮮みたいな差別が表立ってはいないようだ。もっと穏やかな辛辣さかな。

    そもそもデンマークは300年近くスカンジナビアに君臨し、スウェーデンに取って代わりと歴史は入り乱れているから当然であろう。

    スウェーデンは日本の国土の1.5倍もあって人口900万人強、デンマークは九州くらいで600万人。

    スウェーデンは20%以上が外国人でデンマークは9パーセントくらいで永住権取得に関しても雲泥の差がある。

    スウェーデンは結婚したら2年でとれるといい、デンマークはとても移民には厳しく7年かかる上、数年ごとに調査があり語学などの試験もあるという。

    永住権があれば税金は高いが選挙権はあるそうだ。

    また今までは外国人でも大学などの学費は無料だったが去年あたりから外国人留学生に限り年額100万円くらいの授業料が必要になったらしい。

    どこも不景気風は吹きまくる。

    消費税25%(生活必需品はもっと低い)、直接税で所得税など50%。乱暴に言えば会社やってたら25%+50%抜かれるわけだ。スーパーなどで食材やらは量があるので日本より安い。
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    そんなせいもあってか金を稼ぐことにそれほど関心がない印象だ。もちろんスカンジナビア諸国は社会福祉国家として有名だから老後の心配がないせいもある。

    それよりも自分の時間、家族、生活を大事にしている。土日など働いている人は他のEU諸国の出稼ぎだったりする。

    だから休日出勤や残業、至急の仕事はスウェーデン人だと割り増し料金で倍くらい請求され、それでも断られることが多いと言う。

    美術館の修理、改装など請け負っている大工さんたちはポーランド人やカナダ系スウェーデン人だ。

    基本EU諸国内では就労自由だからポーランドなど社会主義で貧しかった国の人たちはみな働きに来るのだ。

    かれらは割安工賃で請負い、土日も働く。だからみんなすごく稼いでいるという。

    余談だが、スウェーデン人はタバコは高くて吸っていない。でもかれら職人はよく吸う。それで月のタバコ代が5万円というから驚く。

    コックとか大工とか仕事は一杯あるそうだが、日本みたいに学生バイトみたいなアルバイトはほとんどないそうだ。

    人手がないから窓口が少ない。それで自販機になりクレジットカードが必須になっている。キャッシュレスがかなり進行していた。

    マルメへの小旅行でも電車のチケットは自販機でクレジットカード払いだったりすると面倒だ。英語はどこでも通じるからいいけど、その英語がわからないとかなり苦労しそうだ。とくにコペンハーゲン空港でのチェックインはとても面倒だった。コペンハーゲン市内は観光地だからそれほど極端なことはなかったが。

    とにかくスウェーデンは雰囲気も国民もクールで感情をあまり表に出さない。パーティなど見ていると酒もタバコも吸わないで静かに話す感じだ。

    デンマーク人はまったく違ってタバコは吸うわ酒は飲むは賑やかだ。コペン市内ではみんな歩きタバコをしていたのにビックリ。


    正直、自分には少しゴミゴミして怪しい方が落ち着く(笑)

    スヴェンボーでのオープニングパーティではワインボトルがどんどん空くし、終わってからも内輪で飲み会は続き、ギャラリーのオーナーたちがクラブに行こうと言うくらい。
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    結局、クラブまでは行かなかったが、中島氏曰く、こちらの人たちはおごるという習慣がないからついて行くと大変なことになることもあるという。

    英語でgo to Dutch、オランダ人で行こう、というと割り勘の意味だから金勘定は友情とは別物なのだろう。

    こちらでは個展のレセプション・パーティ費用は作家とギャラリーで折半だ。でも今回のパーティ費用は中島画伯がその場にあった大きなシーツに絵を描いて??万円パーティ代をチャラにした。スゴイよね!

    その上今回、自分たちの豪華なホテル代も払ってくれた。あとから売り上げから差し引かれていなければいいが(笑)
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    他でやった時などちゃんと売り上げ明細と一緒にパーティ経費など計上されているそうだ。

    それに売り上げ金の回収が大変だそうだ。名の通ったギャラリーでもちゃんと払わないと言う。

    <続く>
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    スカンジナビア滞在記 その1
    久々にブログを更新。スウェーデン&デンマークをネタに数回に分けて書いていこうと思う。

    ところで滞在中にブログを更新する気でいたけど、個展やらナンやら目一杯で、慣れないウインドウズOSとノートブックの不自由なキーボードのせいであえなく撃沈。

    その上、帰国三日前に小旅行の最中に財布を紛失。

    いたたたっっ!長年、海外生活と毎年のように旅をしていて初めての失態。

    お金は1万円ちょっとだけど、クレジットカードやら免許、名刺などけっこうヘビーな損害。

    現地はなんと土曜日。あっちは労働時間が少ない上、人がいない。電話も通じない。

    警察も駅の係もいなくて結局、あきらめるしかない状態。

    でもパスポートをなくさなくて本当によかった、、、、汗

    日本に帰ってからはバタバタでカードの再発行手続やら雑誌の原稿書きも終えパソコンがいかれ復旧作業に追われ、やっと落ち着いてくる。

    なのでいつも時差ぼけに苦しめられるのが今回は軽くすんでしまった。

    財布に関してはポジティブシンキング。厄落としだと思って感謝はしても、後悔せず。

    ところで作品が大きい絵を含め6点も売れ、パフォーマンス3回公演、2回はスウェーデンで1回はデンマーク・スヴェンボーのギャラリーの中島画伯の個展のオープニングで披露。相変わらずあおひと君自虐パフォーマンスは大受け。

    さて、8月31日旅立つ。空港で三味線プレイヤー和完氏と中島画伯と合流。むさ苦しい男3人の強烈な旅が始まった。中島画伯はデンマークでの個展にあわせて一緒に渡欧することとなった。

    現在、中島画伯のご子息のアンデスさんが美術館や中島画伯のマネージメントをしていて、当人は住居を日本に戻っている。

    スカンジナビア航空のコペンハーゲン直行便で11時間弱。機内は空いていてゆったり。長時間せまい座席は本当にキツイ。

    経験で思うにボーイング747、ジャンボは古いし狭いのでチケットを予約する時、機種の確認は欠かせない。

    エアバス機がいい。ここ数回、アエロフロートがエアバス330系で綺麗でゆったりしていてお気に入りだったが、今回モスクワでの乗り継ぎが悪く割高だったがSASにする。

    でもトランジットで宿泊代やらカフェでの暇つぶしを考えれば安く済む。今回は展示作品を全部手持ちだったので荷物紛失も怖かった。アエロフロートはたまになくなると聞いていたからなおのこと。

    直行便は楽だね〜。コペンハーゲンにつくとアンデスさんが迎えに来てくれていて、そのままコペンハーゲン市内を抜け対岸にあるスウェーデンの地方都市ヘルシンボリへ向かう。

    デンマークはにわか雨と晴れ空が5分ごとに女心は秋の空、じゃないが北陸富山や金沢の冬みたいな天気。
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    今年の夏はずっと雨で寒かったとのこと。やっぱりスカンジナビアの自然は厳しい。今回、作品が多かったのでまともな冬の衣裳は持って来なかった。これ以上に寒くなったらどうしよう、、、

    デンマークとスウェーデンは海峡で隔たれフェリーで20分、距離にして5kmくらい。税関もなくマルメには橋ができデンマークとスウェーデンは陸続きと同じ。


    ハムレットの舞台で有名なクロンボー城のある街ヘルシンゲルからフェリーに車ごと乗り入れる。
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    フェリーの中にも免税店があってデンマークはカールスバーグやトゥボルグなどで有名なのかビールが安いという。スウェーデンの半値くらいだそうでスウェーデン人たちはわざわざフェリーにビールを買いに来るそうだ。他の物は東京のコンビニとあまり変わらない印象。

    スウェーデンに到着。せまい海峡を渡っただけだが雰囲気はガラリと変わった。デンマークより広々してクールな印象。街並みもなんかもスケールが大きいくて整然としている。
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    フェリーを降りて15分くらい走って会場となるヨシオナカジマ美術館に到着。広い敷地に3棟の屋敷。ゲストルームも広くて部屋がたくさん。なんかすごいぞ。

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    夕食はアンデスさんがすでにご飯やみそ汁を用意しておいてくれて日本食です。さあ、明日から展示だ!

    続く

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    ジャック・スパロウ
    テレビを見なくなってから・・・と何回も過去のブログに書いているから、自分にとってはよほどの大事件なんだろう(笑)

    でも友人知人と話していてテレビを見ていない人が多いのに少し驚いている。

    特に若い人ほど見ていないようだ。

    だから視聴率は以前1%が100万人(全国ネット換算)だったが今となってはずいぶんと実数は減っているはずだ。

    日テレの徳光さんマラソンは瞬間最高視聴率36・4%(関東地区、ビデオリサーチ調べ)を記録、と言っているがどうみても3640万人(36.4 x 100万人)、つまり一瞬でも日本国民の約4人に一人がその画面を見てたか?!

    ところで制作中の青い大気シリーズのテーマはーーー

    もし、国がなかったら、国という概念がなかったら人類はどういう風になっていたのだろうか?
    国の代わりにどういうシステムが生まれていたのだろうか?


    ということが土台になっている。

    ホオジロザメやらマンタやらナショナル・ジオグラフィックの海洋ドキュメンタリー番組が大好きだけど魚って国境がない。そういえば渡り鳥にも国籍ない。でもアリやミツバチにはナワバリのようなものがある気もするが。

    そもそも国とは古代ギリシャでいうに、人間が安全かつ効率的に生きるために生活必須の行為を分担して行う、ということで工夫され生み出されたシステムだ。

    ある人はドングリの実を集め、ある人はイノシシ狩りにでかけ、ある人は泥をこねレンガを作り家を建て、ある人は畑を耕す、という風にすれば経済効率がいいし得意分野に特化すればより生産性もあがり生存確率と種の繁栄につながる。

    子孫繁栄の宿命を持つ我々生物のセントラル・ドグマにピッタシだ。

    現在、捕食動物の頂点にたった人類は60億人以上になり遺伝子レベルの次なる戦略の、より多くの遺伝子を残す能力のある人類をお互い目指すようになる。

    あらゆる手段を講じ、オットセイやゾウアザラシのハーレムのようにライバルたちを無能化(非生殖者化)させたり無駄な殺し合いにつながっている。

    それが差別化だったり戦争だったりするのだ。

    カントは世界共和国にしないと平和は訪れない、と言った。

    話を戻すと、古代ギリシャ時代になって国(ポリス)という制度が固まりデモクラシー(民主主義)が生まれた。

    ところで当時の古代ギリシャは現在とは背景が全く違う。

    選挙権のある市民とは成人男性だけだったが、一番大きなポリスだったアテネの人口で20万人弱(有権者は10万人もいなかった)だ。

    当時は奴隷制もあったからアテネ市民は今で言う資産ウンゼンフゲンダケある富裕層なのだ。

    日常の雑事などしなくてもよく、苦しいお仕事も兵役以外はなく、十分すぎるほどのベーシックインカムに保障された悠々自適な毎日があった。

    だからこそみんなの総意が反映されるデモクラシーが誕生し機能できたのではないだろうか。

    なにせ時間と精神的余裕があるから各人政治や国家についていろいろ議論できるし勉強できる。

    いま、与党民主党の代表選が注目されている。(ブログをアップする前に野田氏が代表に選出された)

    もはや現在、情報はグローバルにすぐ伝播し金融経済は国境がなくなり、この肥大化し法律と利権がはり巡らされた国という囲みの中で古代アテネのような直接民主制が機能するのだろうか?

    なぜなら候補者や有権者すべて一人一人が日々の生活に追われながら、こんだけ複雑になった法と規制を理解し、毎秒飛び込んでくるバイアスのかかった新しい政治経済科学もろもろの現状を分析し自分たちの意見・要望を反映させるべき代議員を選ぶ、または立候補して政治に参加できるとは到底、思えないのだ。

    だから文化発祥の地ギリシャはデフォルトでそれを自ら示してくれたのだ(笑)

    人々は民主主義こそが自由の象徴であり、民主主義によって正義は保たれる、と刷り込まれているにすぎないのかもしれない。

    そう思うひとつの理由が現在のマスメディアの誘導・偏向報道だ。

    すべてを把握・理解できない人々のために代わって説明し不正を暴き、権力者たちの暴走を防ぐというセイフティ・コントロールだったのがどうも虚像だったのだ。

    ここでアーティストの役目とは未来を創造力で指し示す、つまり視覚表現で進むべき方向性を指し示すことだと思っている。

    それは決して次は資本社会主義だとかアナーキズムだ、とかいう既存の思想や言葉をもって軌道修正するような作業ではない。

    哲学は驚きから始まる、とプラトンは言った。

    それは裏を返せば自分という存在を不安から解放することでもある。

    恐れは対象があるが不安はその原因の元がわからないものとハイデカーは定義する。

    この混沌とした現在(逆に言うと常に人間社会は混沌としているのだが)、この不安がどんどん大きくなっているのは確かだ。

    ハイデッカーの有名な概念に投企性(geworfenheit)というのがある。

    人は勝手に知らない世界に投げ込まれた。

    この投げ込まれた(生まれた)環境と折り合いをつけながら生きるしかない、だから自分の真の立ち位置がわからず常に不安に追いかけられるのだ、と。

    この自分だって20世紀に日本の東京に生まれて日本人で日本語をしゃべっているが、自分の意思でも希望でもなんでもない。

    気づいたらそうなっていただけだ。

    でも気に入らないからってこの人生を他の者と変えたり止めるわけにはいかない。

    これじゃあ誰だって不安だよね!

    アーチストや哲学者はこの不安という見えない大きな敵に勇猛果敢に挑み、光を当てようとするジャック・スパロウなのだ。

    さあ、明日はスウェーデンに出発だ。

    初めての美術館での個展、ドキドキ。

    また現地からもブログ更新できたらしたいと思ってます。

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