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    • Contemporary Art 2.012展
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  • フェイスブック
    最近、フェイスブックにハマり、友だちリクエストをバンバン送っていたら、とうとうスパム扱いにされ、2日間のトモダチ申請拒否という処分を受けてしまった!

    フェイスブックが、サイバー攻撃を受けているせいもあるしな。

    FBも日本公開当時からメンバーにはなっていたけど、インターフェイスがわかりづらく、しばらくミクシーに夢中。

    いかんせん、自意識過剰で人を喜ばせるのが大好きな性分、足アトなんかで自分の発言がどれだけ受けたかがうれくてハマッていたけどだんだん、そんな内輪ネタとサークルっぽさに息苦しさを感じ始める。

    去年、イスタンブールのアートフェアに行ったとき、トルコ人はじめ、いろんな外国人やアーチストと話したら、みんなフェイスブックをやっていた。

    ある絵描きはFBに作品をいろいろアップしてたら、けっこうオファーもある、と言うじゃないか。もちろん参加費や金目当ての誘いも多いけど、中にはちゃんとしたオフィシャルな展覧会への出展にもつながったよ、なんて聞いたらやるっきゃない!

    それでミクシーにはまだ残っているけどほとんど休眠状態。あとツイッターももうフォローは減る一方。

    なんでこれほどまでにハマったのか?!

    最初の頃は宣伝のためだと思っていたけど、よく考えるとちょっと違う気がする。

    それで自己分析をするとある真実が浮かび上がってきたのだ!

    じゃじゃじゃじゃ〜ん、家政婦は見た!

    それは、いろいろな画家やアーティストの作品がすぐ見られる、そして中にはとってもクオリティの高い作品も多い、と言う点がまずあげられる。

    特に、チリとかペルーとか南米のアーティストやリビアとかイランとか、とても現代美術どころじゃないないだろ!くらいの国の人たちの作品が特に面白かったりするのだ。

    なんかピュアっていうかパワフルというか、色使いが飛んでたりしてホント面白い。

    それにアーティスト同志は話す必要がないのもいい。作品で通じ合えるのだ。だからそれほど会話ができなくても問題ない。難しかったら翻訳サイトを使えば事足りる。

    でももっと重要なファクターがある。

    それはしょっちゅう、イイネ!とかThank you 、Merci、Grazie、Gracias、Dankeと「ありがとう」って書きまくっているのだ。

    決してネガティブなことは書かないし、書かれない。自分のスレッドや投稿に対しても、イイネ!やありがとうって各国語で言われるのだ。

    それだけだ。

    でもそんな些細なことが、とっても精神状態にプラスになっているというか、心が温まるというか、、、自己啓発系じゃないが、ありがとうと言い続けて出世するとか夢かなうとか読んだことがあるし。

    現実は厳しい。絵は売れないし、金もない。あるのは文句ばかり。ネットを見れば、他人の批判ばかり。それもちっちゃなことを大げさにあげつらっている記事がほとんどだし。

    前にもかいたけど日本人は真面目だから、規則に少しでも反していると、すぐに指摘したがる。それが悪いというのではないが、限度はあるだろ。と同時に、多数決な意見や流れに反することにはとてもパワーを要する。

    もちろん自分は違う、と異論があるでしょう。とすぐに反論したくなる国民性だと思うのです。

    そりゃ民主主義という環境にいるから、選挙民としての自覚は必要だ。政治や社会のことは無責任ではいられない。

    阿修羅という有名なサイトがあるが、そこで書かれていることはとっても勉強になるし、視点が広くなってプラスの面もあるのだが、ネガティブオーラが強くて、散歩してても脳みそにネガティブ志向がべったり濡れたノリのようにはりついて、頭から離れなくなってしまうのだ。

    そこでは政治家についてよく言い合っているのだが、思えばおなじ穴のムジナかな、って。

    けっきょく、今は何が正しいことなのか、何が正義なのか、

    戦前までは天皇という存在があった。また仏様や神様もいる。けど今はそれらは批判の渦に吸い込まれてしまっている。

    だから、フェイスブックで世界中の同じような考えや仕事をしている人たちとイイネ!とか、ありがとう!ってやっているだけが楽しかったりするのだ。

    やっぱり楽しく逝きたいからね!


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    インディアンとTPP

    何度も書いててしつこいけど、自分の好きなチャンネルにナショナルジオグラフィックTVがある。

    ライオンとかの弱肉強食ネイチャー番組を見ると、うううう、人間も動物だしなぁ、と日本の未来に危惧を抱かずにはいられない。

    歴史物、ネイチャーもの、宇宙ものなど取材と映像が素晴らしい。空母や原潜を解剖する軍産複合体応援プログラムもあるがそれはそれ。

    最近、見た中にインディアンのダコタ・スー族のシッティング・ブルvsカスター将軍の話がある。

    南北戦争や西部劇で有名なカスター将軍は当時の西部開拓者たちの英雄だった。ところが1876年、先住民たちとのリトルビッグホーンの戦いというのがあって、彼らインディアンのゲリラ戦法(バッファローを仕留める方法だった)の前でカスター隊は全滅してしまう。

    マスコミ(当時は新聞)はこの敗戦の屈辱を隠すため、戦いに参加してもいない先住民戦士タタンカ・イヨタケをシッティング・ブルと呼び悪党のリーダーに仕立てあげ、さかんに新聞に登場させた。

    カスター将軍vsシッティング・ブル(座れる猛牛)の対立構図にして白人たちの視線と真実をそらせる今、日本で流行している、えん罪報道。

    白人たちの憎しみをあおり立て、気持ちをますますインディアン憎しへと誘導する。後には映画で先入観がますますブラッシュアップ。頭の皮をはぐとかいって全てのインディアン=野蛮、残忍というイメージが植え付けられていく。

    自分も小さい頃、ララミー牧場とか西部劇を見知って、インディアンが白人捕虜の頭の皮をはぐっていうことを本当に信じてたしな〜、怖いよねマスコミ。

    そもそもこの戦いの発端は、カスター隊がインディアン居留地に侵入し金鉱を見つけたことによる。

    白人は、金鉱をぶんどるためにすでに締結してあったインディアンとの領土協定を一方的に修正し、押しつけようとした。

    しかし先住民族はそれに応じなかった。

    なぜならインディアンたちはバッファローなどで生活する狩猟民族なので土地を私有するという概念はなかった。例えば空気を私有する、みたいな感覚?!

    遊牧民やロマ族もそれに似ている。そのうち空気も企業に買い取られるのかも知れないけど、、、

    文化の違いだ。現在までもそのスキームは変わっていない。外交は言わずもがなマスコミ戦略しかり、負け方しかり。

    第二次世界大戦、ヴェトナム戦争、湾岸戦争、イラクのフセイン、アフガニスタン侵略などなど。(懲りもせず次の標的はイランらしいが)

    「世界を牛耳る支配層」は、常にそういう、とてもわかりやすい構造なのだ。

    そこで今、問題になっているTPP(突然、パッと見えた、パンチラ、こと環太平洋パートーナーシップ)もその構図と似ている。

    風評だけで推量するのは裁判所だけで充分だけど、日本人もインディアンと同じ扱いなのかも知れない。

    ちなみに米英は判例法主義(不成文憲法国家)で、日本は成文法主義。

    専門家じゃないし難しいことはわからないが、アメリカやイギリスは過去にあった判例を基準に判決を下す(ちなみにニュージーランドやイスラエル、サウジアラビア、ヴァチカンなども不成文憲法国家)。

    だからアメリカは法律におおまかな決まりしかないそうだ。逆に日本は憲法以下、法律など規則がこと細かく決まっていて、それから逸脱したら罰せられる。

    この文化の差は前のブログに書いたように宗教に由来するのは明白だ。

    なにせ、ユダヤ教には人生の法律みたいなタルムートや旧約聖書があるし、キリスト教は新約聖書、モスリムはコーランが聖典だからそれ以外に明文化された規則は認められないのだろう。

    つまりアメリカなどは法律など臨機応変に拡大解釈したり、変更することにこだわりがない。

    日本は法律遵守。改憲問題がずっと議論されているのもこのためだ。

    だから、アメリカは日本などの決まりを守るのが好きな国には、事前に成文化して逃げ道をふさいでおく。

    それはネットでいろいろ読むとTPPの中にあるISD条項やラチェト条項だ。

    ISD条項とは、Investor-state dispute、つまり意訳すれば企業国家間訴訟許諾みたいな意味。これは簡単に言えば海外投資家が不利益を被ったら相手国に異議申し立てできる、という決まり。

    ラチェット条項は一度開いた門戸は閉じてはいけない、という決まりだそうだ。

    まあ、日本は以前、アメリカ側に領事裁判権を認め、関税自主権がない日米修交通商条約という不平等条約を結んだことがある。

    これも消極的な岩倉具視などの有志と孝明天皇のおかげでいったんは防げたが、当時、日本総領事だったハリスが、清とアヘン戦争をしていたフランスとイギリスが日本に攻めてくるぞ〜、アヘンが流入するぞ〜、いまアメリカと仲良くしておかないとヤバイぞ〜って脅かして締結させたのだ。

    学校ではこれらを含めて明治維新といって日本開国だった。そういう意味じゃ菅元首相がいった平成の開国も言い得てる。

    海外で経験ある方もいると思うが、在外大使館や企業なんてなんのコネやカモネギをしょっていない同胞日本人に冷たいこと冷たいこと。

    最近、海外で発表する機会が多いけど、自分みたいな無名の現代美術家なんて日本の大使館関係者や企業から見向きもされない。というかそんなことを期待することから、おこがましいってか。

    もちろん中には親切な方もいらっしゃると思います。ただ自分があまりにもフリーダムなんでいい経験が少ないだけかもしれない?!

    現地のディレクターが、他の国の展覧会だと無名な作家でも大使から率先して見に来てくれて企業もスポンサーしてくれるそうだけど、なんで日本人ってまったく無視するんだ?!ってあきれていた。(現代美術の理解がなさすぎるせいもあるけどね)。

    あ〜あ話がそれた、愚っ痴ゆ〜ぞ〜、すいません!

    話を戻すと、日本はこの件はペーパーに書いてないからおかしい!といくら言ったってアメリカ側は、自国企業の利益選抜クマさんチームみたいな組織。

    えっ、だから!?それはそれ、不満があるならあっちの密室で話し合いましょう。って、デカイ体で訴訟には百戦錬磨、舐めダルマの交渉相手にまくしたてられ、おだてられペロペロ飴ムチ攻撃に自国の利益を守るため身を挺して渡り合える政治家や官僚が今、政府にいるか?!

    できるんだったらTPPに参加したっていいと思う。チョウチョウハッシ、カンカンガクガク、ブンブクチャガマやりやって日本の発展に尽くして欲しい。

    昔のサムライだったらできたかも知れない。だから彼らは今でもリスペクトされている。宮本武蔵や赤穂浪士みたいな人たちがよみがえったら面白い。

    でも今日の平和福神漬けされた日本政府チームじゃ無理無理マイマイカブリ、カタツ無理!

    ハワイで第二のパールハーバーにならないように、私、祈ってます〜♪

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    ハイデッカーと子供
    最近、読んだ本の中で、スポっと心に響いた文章があった。

    それは「存在と時間」で有名なハイデッカーが問うた、投企または被投性という考え方だ。

    彼は20世紀初頭のドイツ人哲学者でオリジナルではgeworfenheit(投げ込まれた)という。

    哲学っていうとそれだけで難しい〜と先入観が先走るかもしれないけど、平たく言えば、生きるって何? 私って誰? ってことを言葉で整理して普遍性をもたせることだと思っている。

    つまり、人それぞれ個人的で抽象的で漠然としたことを誰が読んでも同じ意味に受け取れるように整理して言葉にすることではないだろうか?

    科学では、リンゴが落ちる、ということを例えば数字や言葉でもって誰にでもわかるようにすることだ。だって重力ってことを伝えるために毎回、リンゴを落とすのはとってもめんどくさい。リンゴを持っていなかったら話がそこで止まってしまうし。

    ある意味、簡略化&抽象化するってことだけど、そうすると誰でもそこから個人個人、自分の考えを付け足して発展させることができる。

    ところでこのゲヴォルフェンハイトの意味とは「我々はこの世に突然、投げ込まれてきた存在」なんだそうだ。どこから来たかはここでは問題ではないらしい。

    当然、右も左も上も下もわからいない。我々は目が覚めたら全く見知らぬ世界にいた!というわけだ。

    だから人間はなんとか自分と回りの世界との関係の道筋をつけようと試みる。そのために自分がどのような存在としてこの世界にいるのか物語を作り続ける、そういう努力を宿命的に強いられている。それが人間のアリさんマークの、じゃない、有り様だという。

    世界と個々人の間には、あらかじめ決められた絆も安定した秩序もなく、まして明確な定義もない。

    それだから人間は自分が誰か、どんな存在か、常に納得し了解していかないと生きられない存在だと。

    ちょっと難しいけど、結局自分がなんだかわからないから不安なんだ。宗教はそういうことで生まれた必然的な自衛手段でもあったのですね。

    話は飛躍するけど、日本人の法令遵守の精神っていいことなんだけど、その自分のわからない不安を規則や法律などの決まりを作り、守ることで自分の存在を確かめあっている、って思うこともある。

    決まり事を守っている自分の物語を作ることで漠然とした不安から少しでも目をそらせられるんじゃないのだろうか。

    もちろん、家族っていうことはその流れから思うと、とても大事だ。

    親族や特に自分の子供って自分っていう存在理由を裏付ける物的証拠だもんね。その血脈の物語が広がっていき民族や国につながっていく。

    (そういう自分は子供はいない。今からがんばって作るかぁ!って自分にとっては作品が子供だもんね、青い血だけど)

    そう考えていくと、なんであんな残酷で悲惨で誰も望まないと思うような戦争が起こってしまうことが、なんとなく理解できたりする。

    ちなみにハイデッカーはワーグナー大好き親ナチスで戦後、その責任を問われたこともあったそうだけど。
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    コンプライアンスと愛
    最近、ネットではTPPの賛否を問う意見が飛び交っている。

    バーチャルな世界ではあるけど盛んに意見交換、罵詈雑言、正論、極論入り交じり玉石混淆だが、顔が見えないからハッキリものを言えるのかもしれないが、日本人も変わったなぁ、と自分の意見をちゃんと言えることに感心しながらも、流れてくるマスコミ報道は相変わらず、政治も政府も街にでても????

    ネットの勢いはナンなんなんちゃん、ナンバラかぁ〜!(さむ〜)

    歴史を遡れば日本人の忍耐強さ、我慢強さと、それに伴う法令遵守のマインドは世界に誇れる?ものがある。

    有名な綱吉の生類憐れみの令なんかヒドイぞ。

    武士が頬の蚊を叩き殺しただけで島流しになったとか、路地の打ち水も桶にわいたボウフラを殺すかもしれないと言って、みんな止めてしまったとか。

    それでも将軍様には逆らわなかった。逆らえないほどの刑罰の酷さもあったことも法令遵守人間育成に拍車をかけた。

    あまりにも年貢の取り立てがひどくて餓死者が多くなってから初めて農民一揆などがおこって、やっとお上も変わっていく。それでも何万人と死ぬまで耐えるのだ。

    苦しいとか悲しいとか、ため息ついているうちはまだまだ序の口。たくさん死んでやっと変わるのが日本人。(世界中ある意味同じだけど)

    こんなDNAを引き継いでいる我々日本人が今さら不景気だぁ〜原発問題やらTPPの不平等と言っても、変われないのは不思議じゃあない?!

    ところで現在、海外に行くと日本人はとってもリスペクトされ、ほとんどの国でヴェーリー・ウエルカムなのに驚く。

    かつてはエコノミック・アニマルと後ろ指さされ組で毛嫌いされていた日本人だ。30年ほど前くらいは差別や嫌み、悪口、いじめも受けた。

    今はそれに中国人がとってかわった。いろんな国で見聞きすると中国人の評判はよくない。マナーや閉鎖性、集団行動、安物売り等々。(中国人の渡欧者が激増したという理由もあるが)

    ところで話が脱線ゲームしたが、このコンプライアンス人間はとてもいいことだぁ、け〜ど〜裏を返せば法令違反に神経過敏症になるところが怖いのだ。

    極端に言えば人間の尊厳を飛び越えてしまう。そこまで行かないにせよ、隠れ蓑もんた、になっている。

    つまり法律、規則守っていればなんでもOKになっちゃう可能性。だってその守るはずの法律や規則が必ずしも、いい人が作っているとは限らない。

    話は変わるけど、スウェーデンじゃあ兵役が嫌だったら刑務所にいけば免除されたという。それで社会奉仕もダメで反戦的な若者は刑務所に服役する。

    もちろん愛国者からは差別されるだろうが、それがキャリアや世間体にはそれほど問題視しないと聞く。(最近、徴兵はなくなり職業軍人になったらしい)

    また家族を持つ殺人犯は服役中でも土日は家に帰れる。それも家族や人間の尊厳を重視した結果だという。(経費節減もあるだろうが)

    もちろん極端な例なのだろうが、欧米は宗教が法より上意なのだ。ムスリムは特にそうだ。法律は首相や大統領より最高宗教指導者に最終的に決定権がある。

    ところが昨今の日本人には法律が一番上なのだ。

    六法全書が旧約聖書だ、新約聖書、コーランだ。

    六法全書に愛のことは書いてない。

    やっぱり愛だろ愛!

    でもで〜も〜!(続く)
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    ヘルマン・ニッチェの記事
    先月の月刊誌『ナイルス・ナイル』10月号にオーストリアの現代美術家ヘルマン・ニッチェについて原稿とイラストを書きましたです。

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    現代美術と羊
    ヘルマン・ニッチェの世界


    ヨーロッパにおける
    羊の意味と絵画


     一二干支のひとつである羊は、ルネッサンス以降のヨーロッパ絵画にたびたび登場するモチーフだ。中国で生まれた干支とは違いユダヤ教、キリスト教に由来することは言わずもがな。
     迷える子羊よ…で知られるようにキリスト教では民は羊に、キリストは羊飼いに例えられている。
     またユダヤ教では「過越の子羊」の逸話が出エジプト記にあり、その祝祭日に、ほうむられた子羊を家族みなで食することは欠かせないイベントのひとつだ。
     そのため羊やその群れが絵の背景に描き込まれたり17世紀の画家エル・グレコの「羊飼いの礼拝」のように羊飼いをモチーフにした作品が数多く描かれてきている。
     現代美術においても、ひとつのメタファーとして重要な立ち位置を占めていることは言うまでもない。

    ヘルマン・ニッチェと
    OMシアター


     羊を使った作品で有名なのはヘルマン・ニッチェとダミアン・ハーストがまず思い浮かぶ。
     ヘルマン・ニッチェは1938年オーストリア・ウィーンに生まれグラフィックデザインを学ぶ。最初は抽象画を描いていたが、60年代になってパフォーマンスを始める。
     そのニッチェの代表作と言えばOMシアター(Orgies - Mysteries Theatre)であろう。観客の五感すべてに訴える6日間の総合舞台芸術として57年から構想が練られ60年にウィーンで試演。しかしその過激さゆえ何回かの裁判、収監3回という散々な結果に終わってしまう。
     なにしろそのパフォーマンスとは子羊の皮を剥ぎ解体し白い布に内臓や血をぶちまける何とも言いがたい壮絶な内容なのだ。
     しかし62年ウィーンのアパートメント・ミュールで9時間にわたり上演、「アクション1」として彼の歴史に刻まれることになる。
     OMシアターとは古代ギリシャの酒神ディオニッソス(ローマ神のバッコス)の”乱痴気騒ぎ祭り”と”神秘的な劇場”といったような意味で、本人曰く「存在の歓喜の美的儀式」なのだそうだ。
     最初はニッチェ自身が羊の血を浴びたりしていたが評判をよぶにつれ参加者たちも演じるようになる。
     彼ら(女性もいる)は全裸になり羊の内臓や血を体中に塗りたくられキリストの磔刑を模して十字架に括られ行進する。上演中は楽団がニッチェ自ら作曲した音楽を演奏、他の参列者はみな白い服を着て血を浴び最後はみなで祝宴をあげ、残った数々の血に染まったシーツや服や十字架など遺留品すべてをアート作品に仕立て上げてしまうのだ。
     71年にはオーストリア郊外のプリンチェンドルフ城を購入、会場をここに移し今年までで計131回を数える。
     過去には何度も逮捕されたりしたが、本国でも徐々に認知されるに至り95年にはウィーン国立歌劇場の美術と舞台監督も委嘱された。
     もちろん現代美術界では世界を代表するアーチストのひとりでもありドクメンタを始めシドニー・ビエンナーレ、08年には横浜トリエンナーレに招待されてもいる。

    ニッチェの目指す
    作品の意図とその暗喩


     ニッチェにはアクション・パフォーマンス以外にもペインティング・パフォーマンスという赤や紺、茶、濃緑、黒などの絵の具を大きなキャンバスにぶちまける一連の作品群がある。どれも激しい動きから生み出されたタブローは血のしたたりや肉体の破壊や暴力を彷彿させる。
     一般の人にはとうてい理解できないだろうが「目指すところは人間がもつあらゆる欲望、残忍性、性癖、狂気などからの解放。それに伴い歓喜から来る覚醒」と彼は言う。
     それはまたヨーロッパ文明に長く根付き、刷り込まれたキリスト教という既成概念や固定観念からの脱却とも受け取れないだろうか?
     ヨーロッパ文化はキリスト教の影響下のゆえ、初めに言葉ありき、の世界観でもある。ゆえに現代美術の存在する価値のひとつは言葉では置き換えられないエネルギーや真実を伝える手段とも言えるのだ。
     ところで羊はその性格から家族の安泰と平和な暮しに例えられる。来年は羊のような良い年になることを心から願ってやまない。
    (無断転載禁 ©Niles Comunications Co,.ltd.)



    あとWEB版にはイタリアン・レッドについて書きました。
    http://www.web-nile.com/article/article.php?category=03&article=000113

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