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    • Contemporary Art 2.012展
      記事掲載
















  • イスタンブール残滓 1
    すっかりイスタンブールの怒濤の10日間もいい思い出になっちゃった〜。

    帰国しても厳しい現実は変わらない。

    次の個展は来年2月1日から。来年というがもう三ヶ月もない。

    ヤバイ。

    何もする気がない。

    今回の会場は現代美術を見せる、インスタレーションを見せるのはとてもいい空間になっている。

    場所も銀座プランタンの側だから地の利もよい。

    今回の発表ではインスタレーションで大きく見せられれば、と思う。

    さっそくニュースリリースつくってプロモーションしなくては。

    話は260度くらい変わるが、ここ数年国内外問わず、多くのアートフェア、国際展、ウエッブでの情報などを見てみると具象画な感じのナイーブ、フォーブ、シュールレアリズムな肖像画などが多い。

    たまに色面構成やアブストラクトなものもあるが7〜8割は具象っぽい人物画で占められている。

    この数年、80年代のコンセプショナルアートの最後の時のような閉塞感、過渡期のような焦燥感が漂っている。どこを見ても人物ばかり。カラフルでブラッシュストロークのスピード感。

    あの時はニューペインティングがでてきてあっという間にアートブームになった。

    現在はその逆で、あまりにも商業主義的なデフレスパイラルに陥った美術界がコンセプチュアルな質実剛健な作風を求めているような、新しいイズム、ムーブメントがおこれば一気に世界を席巻してしまう。そんな予兆を感じさせる。

    今のアート業界は過剰な中毒的偏執状況、エロとバイオレンスの見本市みたいな世界だ。

    つまりいかに目立つ絵か?どういう方法でもいいから人目を曳くか?にばかり専心している印象が作品から伝わってくる。

    中には面白い、がっしりとした重みを感じる作品もある。切れ味の鋭い、いい作品だ。

    でも滅多にない。ほとんどは技術ばかりが鼻につくメッセージを感じさせないコンクールなどの優秀作品ばかりだ。

    血の出るような反吐のでるような馬鹿にされたような、そんなあり得ない作品は出会えないし、あっという間に世界のメインステージに登っていくのだろう。

    そろそろ新しいムーブメントを世界のどこかで誰かが一攫千金を狙って仕込んでいることだろう。勝ち馬にのればこれほど儲かる業界もない。

    世界の大富豪たちもアートマイアミとかバーゼルとかでそういう作品を血なまこになって探していることだろう。


    写真はイスタンブールで大きなギャラリーや作品。壁に直接、タイトルやネームを書き入れているところがあり、新しい展示方法だと思う。

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    イスタンブール滞在記 9
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    長いようで短かったイスタンブール。

    初日の嵐に見舞われたときは一時はどうなるかと思ったが、最後の旅立ちまで晴天が続いた。

    パフォーマンスはこちらのTVとか新聞などにも取り上げられたと見た人が言っていた。

    空港までは乗り合いタクシーを頼んだ。来るときは深夜でも2人で25ユーロだったが乗り合いは昼間でも一人10ユーロなのであまり変わらない。

    名残惜しいイスタンブール。最後におおきなザクロの生搾りジュースを飲む。酸っぱくて甘くて美味しい。ホテルマンのイシュファンといろいろイスタンブールをほめたたえつつ空港行きタクシーを待つ。入り口に貼ってある寄せ書きに旅の思い出を書き記す。

    テロがあったせいか空港は少しチェックが厳しい。いきなり空港ターミナルビルに入ったとたん持ち物検査だ。普通、チェックインしてからだが、ここでは荷物全部をすぐにチェックされた。機内に乗り込む前にセブジさんに電話でバイバイを言う。

    アエロフロートは相変わらず混んでいる。そして遅れる。モスクワから東京便の乗り換え時間はあまりない。イスタンブール空港で止まったままだ。なかなか離陸しない。モスクワに着いたとたん走れ!係の女性に時間がないとせっつかれる。これではゆっくりタバコも吸えない。

    帰りは気流の関係で少し早くて9時間くらいで着く。これが楽だ。今年2回、アエロフロートでヨーロッパに行ったが安いためか常に混んでいる。去年はガラガラだったのに。

    今度はどこの国から呼ばれるかな?

    パフォーマンスとFree Shake Hands ProjectのYou Tube動画。



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    イスタンブール滞在記 8
    今日は11月3日、2回目のパフォーマンスだ。なんて時間がたつのは早いのだろうか。
    9泊11日のイスタンブール巡業も終わりつつある。28日の嵐の洗礼、29日の会場下見から毎日、現場に通いパフォーマンス敢行。名所旧跡、ほとんど行ってません。

    すっかりイスタンブールに馴染んでいる。人も車も喧噪もすごいのだがなぜか落ち着くのだ。街にネガティブなエネルギーが感じられない。どんなに貧しそうな人々からも希望が感じられる。生命のハリのようなものが伝わって来るのだ。

    バナナ一本30円弱を売り歩くおじいさん。いかにもフェイクだとわかる香水を売り歩く少年たち。立派なスーツに書類をチェックするエリートサラリーマン。ガラタ橋で釣りをする親父たち。みんな笑顔が明るい。目つきが優しい。

    今日は午前中、イスタンブール現代美術館を見る。来る前から行くことは決めていた唯一の場所だ。

    現代美術館はカバタッシュ駅手前で海沿いの外国船の停留岸壁に沿って建てられている。モダニズムな建物はまさに現代美術館を彷彿とさせるデザインだ。

    まず入る前にボディチェック、キャッシャーで日本から来たアートフェア出品者だからタダにして〜とお願いし断られる。でもディスカウントだったらOKと言うので半額にしてもらった。

    トルコの現代美術家の作品が中心だが数点のヨーロッパのアーティストの収蔵作品もあった。まだオープンしたてなのか収蔵品は少なく規模が小さい。TUYAPのアートフェアの方が数も多く面白い。

    連日会場で、Free Shake Hands Projectをやった。毎回、老若男女に関わらず大受けだ。今日のパフォーマンスも先回と同じ構成だ。まあ、そんなにネタがない(笑)。今日はBGM音楽の停止は当然だが、館内アナウンスも入れてもらえることになった。

    やはり観客はやや少なめだった。2回目の慣れがあったのか自分的にもイマイチ、青テープの巻き方に迫力がなかった。というよりバランス良く自縛できず中途半端に終わってしまった。でもライブペインティングの「愛」と「平和」の字はこちらのほうが良く書けた。

    パフォーマンスの後は参加者みんなでお絵かきワークショップ。好き勝手にアクリル絵の具で大きなキャンバスに絵を描いていく。

    イスタンブール最後のFree Shake Hands Projectをやる。今日は1時間半ほどの人間彫刻。今晩は主宰者のセブジさんたちがディナーに連れて行ってくれるというので早めに退散。

    明日は一日オフにしてブルーモスクと地下宮殿、あとボスポラス海峡のミニクルーズでイスタンブールは満喫しようと思った。

    アナドール・ホテルはネットで約2ヶ月前くらいに予約した。トルコ人たちも安いと言う。部屋も狭くなく若干の不自由はあるものの1泊朝食付きで2500円だったら大満足。プチホテルで連日、家族連れやヨーロッパの旅行客で賑わっていた。ただワイヤレス通信の環境はイマイチだった。夜中から朝にかけては電波がなくなる。まあ、こんなところに来てネット三昧ってわけでもないが、やはり情報収集には威力を発揮した。

    街の至る所に安そうなホテルはあるが、やはりネットなどで事前情報がないといくら安いと言っても躊躇してしまう。タキシム広場近くのほうが夜とかは楽しかったかも知れない。

    夜はセブジさんのラダというソ連製車で市内へ戻る。相変わらずの渋滞。息子のエバンサと合流してタキシムの裏通りへ向かう。

    エバンサは現在、テキスタイルデザイナーで忙しくしているそうだ。兄貴のバリッシュは音楽活動、旦那さんは観光ガイド。一般的なトルコの中流家庭のようだ。

    夜はケバブなどトルコの定番料理を腹一杯に食す。こちらは酒の置いてない大衆食堂が安くていい。中にはメニューにはなくてもどこからか調達してくるロカンタもあった。ジャミー(モスク)の近くではアルコールは販売できないとかいろいろ規則もあるらしい。

    ディナーが終わったら飲みに行こうという。ここイスティクラール通りの裏道にはどこに行っても店と人がひしめいている。今日は平日なのにこの有様だ。週末となると身動きできなくなるらしい。

    自分たちは裏通りを少しさまようとドッグスターと壁にグラフィティされた古いビルに入って登っていく。ここはクラブでもミックスジャンルで来る人たちも偏っていず国際的でいいとセヴジたちお気に入りのクラブだそうだ。

    まだ時間も早く平日なので空いていた。中はそれほど広くない。3フロアーに分かれている。東京にあってもおかしくない内装や選曲だ。たまにトルコ風ポップスがかかるのが面白いし風景によく似合う。

    クラブは毎回、行こうと思っているがやはり旅の疲れと不慣れな地理感覚、それに経済難で夜遅くまで遊べない。ベオグラードやブタペストでは夜、飲みに行ったがやはり早い時間に疲れてしまい退散する羽目になる。

    イスタンブールにもクラブは多いらしいが残念ながらこの一回だけになってしまった。少なくとも1ヶ月以上住んでないと精神的にも肉体的にも余裕がないと思う。パフォーマンスをやりに来ているのだからクラブは二の次だけどね。

    夜も遅くなりセブジやエバンサ、家族にお別れ。みんないい人たちだ。彼らを日本に招くような力がないのが残念だ。

    最後の日。明日午後一の便で帰国の途につく。今日の午前中はホテル近くのブルーモスクと地下宮殿を見て、昼にワカンさんと合流、近場の島のひとつでも行ってみようと思う。

    まずい。携帯の充電をし忘れた。おっとデジカメのバッテリーも減ってきている。

    ブルーモスクは拝観料が無料だった。地下宮殿は幻想的でとてもよかった。ときどき現代美術の展覧会も中で開催するという。ここで水滴シリーズをやりたいなぁ。

    昼にエジプシャン・パザールで落ち合って少し中を散策する。日本語のうまい店員に引っかかる。奥さんが日本人だそうで出稼ぎに戻ってきているのだそうだ。日本の自動車免許証まで見せてくれた。日本語ペラペラ。そんな店員は街のあちこちにいて驚く。しかしみんな商売がとても上手いです。

    トルコ人は観光客相手以外、英語があまり通じない。パフォーマンスをやっていて、もう少しトルコ語が話せたらもっと楽しいと思う。それはハンガリーでもセルビアでも同じだった。しかし自分は言葉を越え、メッセージを伝えられるだけでも幸せだ。

    エジプシャン・パザールはエミニュヌ駅のそばだ。ガラタ橋のたもとで海側はアジア側のカドキョイやユスキュタルへの渡航船や観光クルーズ発着の波止場でもある。自分たちは屋台の1リラのゆでトウモロコシをかじりながら10リラのボスポラス海峡ミニクルーズに乗り込んだ。

    天気は最後の日まで快晴が続いた。これで自分の雨男の汚名を返上できる。200人乗りくらいの小さな遊覧船は水面に陽光をきらめきさせながら金角湾を進み始めた。観光船は風を切り波をけちらしボスポラス海峡を目指す。海岸線には裕福な人たちの別荘が建ち並び高級リゾート地を思い起こさせる。

    日本のODAが関わって作られた巨大なボスポラス大橋をくぐっていく。途中、ビルを浮かべたような巨大な貨物船が通る。自分は小さい頃、乗り物酔いが激しいに関わらず船が好きだった。舳先の流線型に惹かれるのか、大海原を自由に航海できる快感からかその理由はわからない。今でも巨大な船にはあこがれる。船に限って言えば大きければ大きいほどセクシーなのだ。

    さて約2時間のミニクルーズも終了。気持ちよかった。これで後悔なく日本へ戻れる。とにかくボスポラス海峡も見たかったのだ。

    トルコ定番メニュー
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    ボスポラス海峡
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    ブルーモスク
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    イスタンブール滞在記 7
    朝起きるとワカンさんが朝の散歩から戻ってきていて時間がおかしい、食堂の時刻と自分の腕時計とあっていない、と言う。そう言えば昨夜ホテルのお兄さんがそんなことを言っていたような気がした。サマータイムが昨日で終わったのだ。いつもだったら朝食の始まる8時だが、一時間遅れてまだ朝の7時だ。

    日本と6時間の時差だったのが今日からは7時間になる。

    11月1日、今日も快晴。気持ちいい。寒暖の差は激しく日中は汗ばむくらいだが朝晩は冷える。

    送迎バスで会場へ向かう。ここで昨日、自爆テロがあったんなんて考えられないほど平穏な状態のタキシム広場。

    今回、同じグループから数人の外国人も来ている。デンマーク人で現在ギリシャに住んでいる背の高くて大人しいカヌートさん、コソボ生まれでオランダに亡命したシェフケッさん、トルコ領キプロス人の学校の先生をしているズーレさんなど。

    ギリシャ語ができるというカヌートさんとギリシャ語を話してみるがまったく忘れている。それにイタリア語と混同してうまく話せない。コソボ生まれのシェフケッはダンディでとても英語が流ちょうだ。彼とはコソボやセルビア問題のことで話し込んだ。

    自分は昨年、ベオグラードの国際フェスティバルに呼ばれパフォーマンスを上演した。そこでセルビア人たちはいろいろ良くしてくれた。しかしコソボ、アルバニア人にとっては忘れられないほどの憎悪の対象なのだ。

    彼は内乱が始まる前にオランダに亡命したのだという。親戚、友人は殺され両親の死に目にも会えなかったと語る。戦争当時のセルビア人の残虐な行為は信じられないほだったらしい。母親の中にいる胎児の男女に金を賭け、生きたまま腹を切り開いて嬰児の男女を見分けた兵士たち。息子の目玉をくりぬき父親に食わせた兵士たち。今でもセルビア人は自分がアルバニア人だとわかると憎悪の感情をにじませ挨拶も一言もないという。

    ベオグラードに滞在した時の彼らは明るかった。日本で活躍する名古屋グランパスの監督ストイコビッチ(ピクシー)を自慢するひょうきんないい人たちだった。しかし親父の跡を継いで兵隊になりアルバニア人を殺すんだ、と笑顔で拳を振り上げる青年もいたことは確かだった。

    そんな旧ユーゴスラビア問題。死んでも死にきれぬ忘れることのできない悪夢を抱えている人たちが大勢いるのだ。人間は本当に愚かだ、と彼は何回も言った。自分は彼のその話をただ黙って聞いているしか出来なかった。

    サクッと着替えてまたFree Shake Hands Projectを始める。さすがに週末ほどの人出はなかったが、あっという間に人だかりができる。ブックフェアに来ている小中高生などの集団が流れてくると蜂の巣をつついたように騒がしくなる。

    あまりの人気に主宰者たちや参加者たちのやっかみさえ感じてしまう。はるばる遠く日本から自費で出来ているのだ。思いっきり宣伝しなきゃ!これからもあおひと君、世界を回るぞ!

    このパフォーマンスをやっている最中、一生懸命に話しかけてきたり友人同士で話あったりしている。彼らの会話はまったく理解できないが自分が見えているとても狭い視界を映画化できたらいいかも、とふと思った。子供や女の子、若者たちがあーだこーだ、と話しているのと彼らの仕草がマルコビッチの穴のような視界で見せられたら面白い。人々の反応を映像作品でもつくれる。

    今回も何10分もずっと自分をイジる中学生?高校生?の4人組がいた。なんとか話させようと片言の英語で話しかけたり一生懸命だ。自分はじっと我慢、動かず話さず。毎回、何組かは笑いのツボにはまるのか、とても熱狂的に気に入る人たちがいる。こちらとしてもそれは光栄なんだがあまりにもしつこいと我慢するのがとてもツライ。

    ストリートでやると酔っぱらいかジャンキーっぽいのにからまれるから少しリスキーだ。しかしかぶり物は強い。いくらド派手な服装でもかぶり物には勝てない。

    市内に戻るとワカンさんがラバーブを値切ることに成功、三回、通ってついに買ったと興奮気味に語った。500リラから350リラまで落としたそうだ。かなり時間をかけたカイがあったと思う。

    おみやげ屋さんでも意外と値切らない。半分まで落とせれば上出来だ。だいたい2〜3割までが精一杯だった。

    こちらの人たちの表現に共通しているのが、買わなくてもいいから、見たからって買う義務ない、とか、もし君さえよかったら、とかならず相手を尊重し意見を押しつけたりしないような誘い方をする。またこれが食わせ物なのだ。ついついのその言葉に乗せられて買ってしまう自分。悔しいかな、一回だけ日本語のめちゃくちゃ流ちょうな店員にほだされてお菓子を買ってしまった、とほほ。

    写真:自爆テロのあった場所。
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    Free Shake Hands Project
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    エジブシャンバザールの香辛料店
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    イスタンブール滞在記 6
    夜、疲れ切って戻ってシャワーを浴び、さっぱりしたら疲れが抜けた。ホテルで寝てられなくなったので二人でタキシム広場へ行くことにした。

    タキシム広場から市内一の繁華街イスティクラール通りが走っている。おしゃれな店が左右にならびヨーロッパと変わらぬモダンな大通りだ。車は基本的に通行止めでパトカーや作業車、あと一両編成のかわいい路面電車が行き交うだけ。

    常に人であふれるイスティクラール通りだが週末の夜のせいか、今夜は異常に人が多い。渋谷センター街なんか比べものにならないくらいすさまじい。裏通りに抜けるとびっしりとレストランやカフェ&バーのような店が並び人があふれている。

    ハロインなのか仮装した客がいたクラブっぽい店は満員で店内を見学だけして近くの学生街のパブのような小じゃれた店に入る。EFES(エフェス)という地元ビールの大ジョッキで300円弱。それもけっこう美味しい。客は大学生っぽい若い人が多い。

    トルコは国民の90%以上がモスリム(回教徒)だが、政教分離がとてもうまく機能している。だから酒も売っているしタバコも女性の服装も社会進出も欧米と変わらない。

    外に出るとイスティクラール通りは変わらぬ人混みだ。きっと朝までこんな調子なんだろう。自分たちは最終電車に間に合うようにホテルに急いだ。酔っぱらいもいないしヤンキーっぽい若者もみんなちゃんとぶつからないように避けるし彼らのマナーはすこぶるよかったのが印象に残る。

    31日は朝から快晴だった。

    今日、ワカンさんは市内観光へ。自分は会場に行き7月にポンピドゥーセンター広場でデビューを飾ったフリーシェイクハンズプロジェクトをする。皆さん、握手しましょう!というパフォーマンスだ。今回の滞在では市内観光はしないで毎日パフォーマンスやるつもりだ。

    会場に向かう前少し時間があるので、近くにあるグランバザールに行くことにする。バではなくパザールと発音するらしい。

    パザールはまだオープンしたばかりなのか空いていた。お土産屋がびっしりと並ぶ。布、アクセサリー、お菓子、絨毯、香辛料、服どれも色艶やかだ。店員が次々と声をかけてくる。見るだけでいいから、としつこく誘ってくるが冷たく無視だ。

    ワカンさんがある骨董屋の片隅に弦楽器を発見。ラバーブというアフガニスタンの民族楽器らしい。値段を聞くと500TL、約3万円弱だ。値切ってみるが値段は落ちない。

    とても珍しい楽器らしく弾かせてもらう。すると軽やかなアラビアンナイトのような中近東特有の音色を発した。胴に厚みがあり共鳴弦が多いのでキラキラする音がする。素人の自分が聞いてもクオリティの高い品だと思った。しかし安くならないので今日のところは諦める。三回くらい通って愛をしめせばきっとかなり値切れるよ、とワカンさんにアドバイス。

    自分はトラムで終点のカバタッシュから地下ケーブルカーでタキシム広場へ。海岸線にあるカバタッシュから丘のうえにあるタキシムまではケーブルカーでないと斜面が急すぎて登れないようだ。

    駅を降り地上に出ると人々がみなそろって同じ方向を眺めている。低空にヘリコプターが飛び交いずいぶんと騒がしい。何かあったのだろうか?

    とりあえずバスがきたので乗り込んだ。今日はトルコのパフォーマンスグループが上演する。会場入り口はすでに老若男女たくさんの見学者で賑わっている。

    ブースに着くやいなやトルコ人の仲間が今朝、テロがあったと開口一番に言ってきた。自爆テロが送迎バス乗り場のタキシム広場であったという。自分がそこを通りかかったときの騒ぎはテロのせいだったのかと思う。かなり負傷者も出ているらしい。

    自爆テロなんて遠い国の出来事だとばかりと思っていたが現実に遭遇することになるなんて思いもよらなかった。後から知ったのだが警察官を狙った自爆テロで死者2名、負傷者32人におよんだ大事件だった。

    トルコはクルド民族の独立問題がある。今回もその組織の犯行らしいがそれは建て前で、本音を言うと欧米にとってトルコは地政学的に重要な位置にあるため、国家力が増したり経済発展されては困るのだそうだ。

    黒海油田、天然ガスの通り道ボスポラス海峡の所有、それらのパイプライン、イラン、イラク、シリア、ギリシャ、ブルガリア、グルジア、アフガニスタンなどヨーロッパとイスラム国家の国境に挟まれている外交的にも重要な立ち位置だ。

    今回の犯行もトルコ人らはCIAの仕業だと言う。テロをおこしトルコは危険な国だ、と喧伝する。観光客が減るしイスラム教の悪いイメージも重ねられる。テロの成果を狙うなら土曜の夜とかの方が被害は想像を絶するほどひどいはずだ。だが一番人出のすくない日曜の朝10:30に遂行している。

    街中にはブルカをまとった女性が多い。現在、トルコ政府は保守派が占めているため国としてはイスラム教優遇の傾向らしい。でも自由なファッションの女性もブルカをまとった女性もお互い仲がいいしそれもファッションの一部だと思っているのかそれほど気にはしていないようだ。

    アルパーさんのパフォーマンスが始まる。トルコの有名な民族舞踊にセマーというクルクル回る旋舞がある。彼はそれをパフォーマンスに取り入れバイオリンの演奏をバックに回る。よく目が回らないと感心する。なんと4時間、回っていたこともあるそうだ。

    彼の上演が終え、Free Shake Hands Projectの準備にとりかかる。自由に握手しましょう!(LUTFEN ELIMI SIKIN)というフレーズをトルコ語で教わり、それを書いた紙を用意する。

    さっそく人々が興味深げに立ち止まりはじめる。このパフォーマンスは人間彫刻だ。決して動いたり口を開いてはいけない。ただ握手をしたときにメルハバ、こんにちは、と答えることにした。

    パリでもそうだったが、彼らの会話がまったく理解できないのが幸いだ。きっとひどいことも言っていると思う。わかったら黙っていられなくなるだろうし、つい返事をしてしまうだろうし、気持ちが動揺して長い間じっとしていられないだろう。

    あおひと君はトルコの人たちにも大人気。人形だと思っている人も多く、二の腕や体をつっついたり握手をしてみてメルハバと答えると人間だ〜と驚いていたりする。自分でもなぜこんなに受けるのかわからない。特に若い女子供にはよほどこういうモノは珍しいのか大笑いしながら寄ってきていろいろ観察したり握手をしてくる。

    トルコの女性は積極的だ。見た目は上品でおしとやかに見えるのだがなかなか、けっこう気も強そうだ。現地の人が言うにはイスタンブールでは20%くらいの女性が開放的、自由な考え方で残りは保守的だそうだ。つまり結婚するまで貞節を守る。

    この日、Free Shake Handsパフォーマンスを約3時間行った。体がおかしくならないか、手はあげたままで疲れないかといろいろと聞いてくるが、自分は動かずにじっと固まったままのポーズでいられる。ヨガでやる呼吸法をしながら思考を風船のようにふくらませると瞑想に似た状態になる。すると体が微動だにせず固まる。たまに腕や足の位置を少しだけ動かすが苦痛とかしびれることがほとんどない。

    2日目も無事終わり、帰り送迎バスがテロのあったタキシム広場に戻る。が、すっかり現場は事件の影響の跡形もない。人はいつもと変わらずあふれているし、警察の厳しいチェックもないしまったく普段とかわらない状態。さしずめ日本だったら現場検証やらマスコミの取材陣で異様な光景になっているはずだろう。

    写真はグランパザール
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    Free Shake Hands Project
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    アルパーさんパフォーマンス
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