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月刊誌ナイルス・ナイル
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ナイスルナイルはよりよいライフスタイルを提案するカルチャーファッション誌です。
世界的に活躍する日本人画家、彫刻家などのアーティストをピックアップ。
このコラムは2005年12月号より2007年9月号までに連載した記事と現在執筆のもの。
2005.12月号 NO.107 カバーフォト:TONY---------発行:ナイルスコミュニケーションズ
[登場アーティスト]
杉本博司(No.107 )
篠原有史男(No.108 )
黒田アキ(No.109)
荒川修作(No.110)
中島由夫(No.111)
安田侃(No.112)
小林孝宣(No.113)
外尾悦郎(No.114)
ジミー大西(No.115)
松山修平(No.116)
草間彌生(No.117)
村上隆(No.118)
森万里子(No.119)
奈良美智(No.120)
川俣正(No.121)
千住博(No.122)
新宮晋(No.123)
リー・ウー・ハン(No.124)
絹谷幸二(No.125)
横尾忠則(No.126)
大竹伸朗(No.128)
ヘルマン・ニッチェ(No.176)

ニューヨークから世界へ ー  杉本博司(すぎもとひろし)


 古今東西、いい作品というのは、どんなに時間が経っても、それぞれの世相・時代に合わせ、数々の謎かけを強いる。またその謎は謎を呼び、どんどん尾ひれをつけ、人々に広がっていく。
 例えば、ダ・ヴィンチのモナリザはいうまでもなく、ミケランジェロの『ピエタ』、ピカソの『アヴィニョンの娘たち』、マルセル・デュシャンの『彼女の独身者たちによって裸にされた花嫁、さえも(大ガラス)』など傑作といわれる作品は、そのつど、いろいろな角度から分析され、新発見があり、新しい解釈が与えられ、未来に語り継がれていく。
 まだ、時代が経ていないので言明はできないが、杉本博司の作品もおそらくそういう、いい作品であることに違いない・・・。
 杉本博司。この名前を知る人はかなりの現代美術、もしくは写真好きだ。
 立教大学経済学部を卒業後、渡米。ロサンジェルスのアートセンター・カレッジ・オブ・デザインで広告写真を学び、74年からニューヨークに居を移し、本格的に制作活動を開始する。  75年よりアメリカ自然史博物館の剥製などを写真に収めた<ジオラマ>シリーズを皮切りに、同年、古い劇場に重い大型カメラを観光客を装い持ち込み、映画の始まりから終わりまでシャッターを開放し続けてスクリーンを撮影した<劇場>にとりかかる。
 数年後、世界中の凪いだ海原を抽象画のように撮影した<海景>。7年の撮影交渉の末に実現した、京都三十三間堂十一面 千手千眼観世音を映した<仏の海>。コルビュジェやフランク・ロイド・ライト、ガウディなどの著名建築物をピントを大きく外して撮影した<建築>。ろうそくが点火され燃え尽きるまでを長時間露光で捉えた<陰翳礼賛>。歴史上の人物を再現したマダム・タッソーの蝋人形をポートレイトに仕上げた<肖像写真>、そして2004年には、東京大学所蔵の明治期に購入された数理模型を撮影した<観念の形>シリーズなど、次々に制作している。
 それら作品のほとんどをブラック&ホワイトで幅1.5メートル高さ1.2メートルほどもある大判プリント(ゼラチン・シルバー・プリント)に仕上げている。
 ちなみに2004年には<影の色>という室内を色面構成のように無機質に捉えたカラー作品も発表してはいるが、ほとんどが白い壁とフローリングの床の色しかないので、カラーと言われても気づかないかもしれない。  もうひとつ特筆すべき点は、写真のもっとも得意とする瞬間をとらえる機能を躊躇なく捨てさり、むしろ、不得意な部分を探し出し、それに工夫を加えながらカメラを自分だけの道具に仕上げてしまっていることだ。
 <劇場>を制作する際に、2時間以上の映画をシャッター開放で撮り続けるため「長時間撮影用フィルム滑り止め装置」を、<海景>のときには、大きなネガを現像するために「現像ムラ防止用縦横同時撹拌装置」を、<建築>のピンボケを増幅・歪みなく撮影するためには「超広角あおり装置」を作ったという。
 本来、大手オークションにおいて、写真と現代美術は区別するが、杉本の作品は現代美術として扱われるという。それは前述したいくつかの特質=オリジナリティが作用しているからではないだろうか。
 彼は、一時、アメリカで仏教の普及に尽力した鈴木大拙に傾倒した。母親の影響で中学からキリスト教系の学校で学んだのだが、日本を離れると急に自国の文化伝統を顧みるというコースは、彼にも当てはまったらしい。創作活動の端緒に自問自答から得たひらめきが働いている、と語っているように、禅という観念を強く感じさせる世界が、彼の思索に合致したようだった。
 例えば<劇場>シリーズにおいては「映画一本を写真で撮ったとせよ」と”公案”が浮かんだと言う。そしてその答えが「光輝くスクリーンが与えられるであろう」だった。また<海景>シリーズでは「原始人の見ていた風景を、現代人も同じように見ることは可能か」だったと語っている。
 まさに彼の創作活動は謎解きから始まっていた。それらから生みだされた作品群は、遺伝子が受け継がれていくように、今度は鑑賞するものに謎を問いかけているように思える。被写体が、風景や人物をドラマティックにとらえたわかりやすい写真とは異なり、抽象的な形や一見、無意味に思える対象物によって、その謎はさらに反作用的に深まっていく。
 誰でも最初は、彼の作品を前に、なぜこんなものを撮すのだろうか? と自問自答することだろう。なぜカラーのほうがきれいなのにモノクロなのか? なぜ誰も居ずスクリーンに何も映っていない劇場なのか? なぜ・・・と矢継ぎ早に素朴な疑問がわいてくる。
 やはりいい作品に謎はつきものなのだ。

※参考文献/HIROSHI SUGIMOTO 発行:森美術館、東京、2005年
[掲載写真]1.「劇場」《アル・リンリン、バラブー》 1995 ゼラチン・シルバー・プリント 42.3 x 54.2 cm / 2.「海景」《カリブ海、ジャマイカ》 1980 ゼラチン・シルバー・プリント 119.4 X 149.2 cm

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